2000 MAY
NO.295
KYOTO MEDIA STATION

特集

いよいよ本番 エデュテイメントビジネス
“楽しく学ぶ”新市場に向けて


ネットワーク社会の急速な進展に伴い、「エデュテイメント」が次世代のマーケットとして期待を集めている。教育(エデュケーション)と娯楽(エンターテイメント)を組み合わせた造語で、最新のマルチメディア技術を使って楽しみながら学べる教材や学習方法を提供するニュータイプの教育ビジネスだ。その分野は子どもの世界から生きがいづくりの生涯学習まで幅広く、全国に先駆けて市場開拓への取り組みが始まった京都の動向を紹介する。
学校へのインパクト
−「総合的な学習の時間」の新設−
    情報技術革命の波は学校教育の場も例外ではない。今日ではほとんどの学校がパソコンを導入しており、このうちインターネットに接続している学校数の割合は、平成10年5月現在、小学校14%、中学校23%、高校37%。ここにきて“学校インターネット”政策が強力に推進されている。というのも、平成14年度からの新学習指導要領で、完全学校週5日制とともに、教育の情報化が大幅に拡充されるからだ。
    具体的には、カリキュラムに現行の教科の枠を超えて、小・中・高校でコンピュータ・インターネットを活用した「総合的な学習の時間」のほか、中学校は「情報とコンピュータ」、高校は「情報」が新設され、いずれも必修となる。
    「総合的な学習の時間」というのは、「国際理解・外国語会話、情報、環境、福祉・健康」などをテーマに、児童生徒の興味・関心にもとづく学習を通じて自ら学び、考え、解決する力を養おうという狙い。例えば、河川の汚染を調べようということであれば、理科の生物分野、社会の地理分野などを横断的に扱うので、それらを互いに関連づけたり、上流や下流地域の学校との合同観察といったケースも出てくる。それは教科書も指導書もなく、すべて各学校の自主性に任せられているため、どのような授業スタイルにするかが教育関係者の間で大きな懸案となっている。
    一方、子どもたちや親は、新しい情報通信手段をどのように位置づけているのだろうか。総務庁の調査(平成9年)では、友だちとのコミュニケーションに携帯電話やインターネット、Eメールを使いたいという小・中学生は半数近くおり、外国とのやりとりについては7割以上が「通信してみたい」と積極的な回答をしている。親のほうも、携帯電話は「利用させたくない」が7割と高いものの、インターネット、Eメールについては6割が「どんどん利用させたい」と前向きだ。
    ところが学校側では、教育の情報化で最も力を入れていきたいこととしてインターネットを挙げる学校が圧倒的に多いが、同時に「指導できる人が少ない」「指導にあてる時間が少ない」「子ども一人ひとりの興味・関心に対応しきれない」などといった悩みを抱えており、今後、解決すべき課題は少なくない。
関心の高さに手応え
−国内初の「エデュテイメントフォーラム」開催−
    京都では、教育とマルチメディアがドッキングした”楽しく学ぶ”エデュテイメントの市場性にいち早く着目、京都府中小企業総合センターや京都リサーチパーク(株)の呼びかけで平成9年9月、情報システム、コンテンツ、印刷関連企業や立命館大学、京都造形芸術大学など21企業・団体が「エデュテイメントビジネス研究会」を結成した。同研究会は、学校教育向け・社員教育向け・エデュテイメント産業政策の3つの研究グループで構成され、毎月、各界の有識者を招いての勉強会や、先進企業・施設の視察を中心に積極的な活動を展開している。
    こうした活動成果をもとに、昨年3月には京都で、エデュテイメントコンテンツを一堂に集めた国内初の「エデュテイメントフォーラム」を開催。昨年に引き続き、本年3月にも2回目のフォーラムが開かれ、“エデュテイメントの都”として国内外に広く情報発信する一方、事業化の促進をアピールした。
    同フォーラムの本年のテーマは「教育が変わる−コンピュータ・インターネットで拓く新たな学び−楽しく学ぶエデュテイメントの世界」。会場の京都リサーチパークには、海外のコンテンツメーカー4社を含む51社が出展、ユーザー(教員、父兄・子ども)とコンポーザー(企業)との出会いの場が設けられるとともに、教育関係者、社内教育・起業家向けの各種セミナーや「総合的な学習の時間」の実施に備えた模擬教室、親子で楽しむエデュテイメント講座、キッズプラザ(子ども広場)など、多彩な催しが繰り広げられた。
    期間中の3日間に、教育関係者や親子連れなど前年を大幅に上回る約1万4,000人が来場。主催事務局として運営に携わる藤田一・京都府中小企業総合センター経営課主任は「企業側にとっては、先生や親子の反応を目の当たりにして確かな手応えを感じたはず」という。
    いままでの教育は、まず文字や数式で理解させることがその中心に置かれていた。しかし、マルチメディアの世界は、こんなに楽しい現象があるということを先に見せてくれる。それはバーチャル体験であれ、従来の教育の方法論とは異なるベクトルを持つ。今日、大学の授業でもシミュレーションゲーム、大学院の経営戦略論にマネジメントゲームが取り入れられている時代である。「先生は子どもに知識を教えるだけでなく、授業づくりのデザイナーとしての役割も求められることになる」(藤田主任)というわけだ。
    マルチメディアの世界にベンチャー精神が重要であるように、教育の世界にマルチメディアが日常化すれば、そのベンチャー性が重視される時代がやってくるかもしれない。
すべてが学びの対象に
−教育ビジネスの新たなフィールド−
    「ディズニーランドは遊びの場だが、勉強の場でもある」とは、ウォルト・ディズニーの言葉である。近年は学校、塾、セミナーの範疇に納まりきれない、遊びの要素を盛り込んだユニークな学習法が続々登場してきている。情報化の進展が世の中の仕組みを変え、大人も生き残るために勉強しなければならない状況下、ストイックに学習するという堅苦しさから抜け出し、“楽しいから学ぶ”“どうせ学ぶなら楽しくなければ”といったニーズに裏打ちされてのことだろう。
    テレビゲームもシミュレーションのように教育的な作品が制作されると、テレビゲーム=遊び、コンピュータソフト=学習という区別もつきにくくなっている。国内のパソコン販売台数が年間1,000万台に達しようとしているなかで、それを支えるソフトの大きな柱として学習効果も含めたエデュテイメント・ソフトが注目されるゆえんもそこにある。大学でも少子化を背景に学生に主導権が移る“買い手市場”への転換局面を迎え、コンテンツ面では、社会で通用する技能をいかに授けられるかという実務教育化が一層進み、インターネットのさらに先はプロのゲーマーを養成する時代がくるとの見方もある。
    京都府中小企業総合センターの辻一幸・経営課課長補佐は「エデュテイメントの明確な定義はない。しかしエデュテイメントとは何か、と初めから決めてかかるとかえってビジネス領域を狭めることになりかねない。“楽しく学ぶ”という切り口で間口を広くして、さまざまな事業化の可能性を模索し、ネットワークを広げていきたい」と話す。エデュテイメントビジネス研究会の社員教育向け研究グループでは、大学との共同研究を通じて社会人のリカレント教育システムの検討を進めているほか、今後は生涯学習などの分野も取り組む予定である。 なかでも高齢者を対象とした市場は、自分を高める学習、文化活動などのサービスや若さ維持など、掘り起こせばニーズは多くの面で存在するといわれる。一方で介護などの市場も拡大するが、介護を必要とするのは約1割の人であり、残り9割の人の生きがいに関連した潜在的ニーズは大きなものがある。その意味では、エデュテイメントを切り口とした生活関連産業の成長が期待されるところだ。
    インターネットをはじめとするデジタルビジネスの時代は、ネット通販にみられるように、これを活用する知恵とスピードによって市場を獲得することができる。「京都には多様な教育研究機関と、マルチメディア関連企業が数多くあり、地域産業の新たなフィールドとして全国に発信していきたい」と辻課長補佐は意気込む。インターネットは現在、企業への普及から家庭、学校の普及の段階にある。それとともに、エデュテイメントビジネスも本格的な立ち上がりを迎えようとしている。

    米国のACM(コンピュータ学会)では、コンピュータと人間のかかわりを3つの時代に区別している。1980年以前は「技術中心の時代」、80年代「ユーザー(利用者)中心の時代」、そして90年代は「学習者中心の時代」。つまり、情報社会における“市民像”は、80年以前は技術の恩恵を受ける「消費者」で、80年代は技術を使いこなす「ユーザー」であったが、90年代以降はユーザーが互いに学び合う「学習者」だという。
    「学び」と「遊び」の境界自体があいまいになりつつある時代、“みんな学びたがっている”という想定のもとで技術やソフト、サービスを考えていかなければならなくなってきたといえよう。
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