1998 OCTOBER
NO.276
KYOTO MEDIA STATION
特集
京都の産業経済と情報化
◎企業の情報化

 京都産業情報センターが創設されて20周年を迎える。そんなに時がたったのかと驚く。
 パソコンの機能向上と低価格化によって、企業へのパソコン導入は急速に進んだ。規模の大きな工場やオフィス、量販店はいうまでもなく、ちょっとした商店や中小企業においてもパソコンはごく当たり前の必需品になっている。
 ごく一部の特殊なクラフトは別として、世界に冠たる日本のモノづくりの現場の効率性と品質を支えてきた要素の1つはコンピュータやロボットの利用拡大であることはいうまでもない。しかし、その一方で、特にバブル崩壊後に顕著になってきたことは、オフィスワークの非効率性である。
 これまで企業の情報化は既存の意思決定過程や組織を前提としていたが、今後の情報化の進展は企業の組織やパフォーマンスそのものを変化させずにはおかない。情報化の進展によって、企業内の情報流通が効率的に、低コストで行えるようになる。このとき、重要情報の選択と伝達のために必要であった多段階の組織は必要性を失う。すなわち、各種の情報が最終意思決定者に直結することを可能にするために、組織はもっとフラットにならざるを得ないのである。
 京都の企業でもいわゆるイントラネットの導入で、社内の情報流の革新を実現しつつあるが、これは長期的にオフィスワークの効率性を大幅に向上させ、同時に、勤務体系や給与体系も変化させていくにちがいない。
 LANやインターネット、イントラネットの利用率は運輸・通信業、商業、サービス業において相対的に低いとされる(平成10年の『通信白書』)。日本の産業のまさにこの分野が、グローバルな比較においても効率性の向上を必要としている分野である。今後の支援が求められる点であろう。
 また、情報は金融とともに規模の経済が最も顕著にあらわれる分野でもある。情報は大規模・大量の流通・利用を必要とするのである。大規模な情報流通を前提とした企業競争の新たな現実に対応するには、企業形態そのものを見直すことが求められる。従来の中小企業経営の枠を超え、個々の経営権にこだわらずにより広域、より大量の情報流を前提にした経営を目指す必要が出てきている。
 京都で始まった全国初のデビットカードの実用化はその意味でまさに画期的な事業になるが、この事業のもつ射程は現在の経営をはるかに超えるものになる可能性があり、また、そのような方向に進むことが求められているように思う。
 このように、新しい情報化社会において、企業は規模の経済を一層追究するべきであり、「情報センター」はそのような経営革新のための支援を行うことが必要になる。
 しかし、この「規模の経済」は、情報流の規模をいうのであり、経営体そのものの規模のことではない。いいかえれば、たとえ1つひとつは小さくても多くの経営体が連携して大規模な情報流をつくり出し、これを活用することができれば、単一の大規模な経営体の情報流にも十分に拮抗できる。
 こうした多数の経営主体の連携を社会的に無限大に拡大したのがインターネットの普及である。
 インターネットの普及は、さまざまな格差縮小の可能性を生み出した。東京大学の月尾嘉男氏はこれを空間格差の縮小と社会構造格差の縮小にわけて考察し、空間格差の縮小としては(1)遠近格差の縮小、(2)位置格差の縮小、(3)規模格差の縮小を、また、社会構造格差の縮小としては(4)年代格差の縮小、(5)性格差の縮小、(6)所得格差の縮小をあげている。これらを可能にしたのは、多数の主体が情報公開を前提に平等な権利・義務関係の下で接続するシステムの構築であり、これによって互いの情報を相互に利用する自由なネットワーク社会が形成された。いいかえれば情報を公共財として取り扱う制度が生まれたのである。
 この新しい制度の中で活動する企業は、従来の情報と資本と労働とを固有のものとして支配することによって成立していた経営のあり方を一新することを迫られている。これまで開発と生産と流通と消費の全過程を厳しく制約していた空間的・社会的バリヤーが劇的に低くなることによって、社会の多様な要素が自由に結合されて、新しい労働と生産と消費の形を生み出すだろう。そして、そこに未来型の中小企業の新しい経営形態が見えてくるのではないだろうが。

◎地域の情報化

 この20年間に急速に進んだものの1つは地域の情報化であろう。パソコンが家庭をはじめ社会の至る所に普及し、それがインターネットに接続されて、活用されるようになっている。
 そのような情報環境を備えた地域はどのように変わるだろうか。地域社会の中での新しい情報システムの利用は現在急速に進展しつつあり、毎日のように新しいサービスが誕生している。しかし、一方で、その利用はまだ一部にとどまっていたり、存在が知られてさえいない場合も多い。発展途上段階の常として、サービスの地域間格差はきわめて大きいのが実状である。
 今日、地域社会での情報化施策としてとりあげられているものには、大きくわけて2種類ある。それは、1つには地域に新しい情報環境をもたらすための物理的基盤を準備すること、そして、今1つは、その基盤上で行われる新しいサービスの試行である。
 前者の例としては、たとえば、大分県や高知県、岡山県などの高速通信回線による情報通信基盤整備がある。世界に直結した高速通信回線の整備は、新しい産業立地の誘引となっているが、同時にそれは、地域社会のインフラでもあることはいうまでもない。
 また、後者の例としては、医療や在宅介護、遠隔学習などのネットワークを整備しようとしている北海道・別海町がある。
 ほかにも教育、文化、医療、福祉などの分野で考えられているものはいくつもあるが、医師や研究者といった、専門家の業務支援や情報交換のためなどと、一部の範囲にとどまっているものも多い。  全体として、企業の情報化に比較して、地域の情報化はまだ始まったばかりであり、市民生活レベルでの利用に早く下りてきてほしいと思う。

◎自治体の情報化

 自治体が行う情報化施策の分野としては、(1)自治体の事務業務の合理化のための情報化と、(2)行政サービスの充実と革新のための情報化、さらには(3)新しい社会システム創設にかかわるような情報化の3つがある。
 (1)については当然のことであり、ここでは詳述しない。ただ、(2)(3)の必要条件として早急な整備を求める必要がある。
 (2)は自治体が行う教育・福祉・地域医療、窓口業務などの行政サービスを、時間や場所の制約なしに提供するためのものである。京都府で行っている高度な地域医療サービスや、電子図書館などのシステムが今後次々と提供されていくはずである。  (3)は少し説明を要する。これは、たとえば選挙や地方議会、各種審議会などでの情報システム活用によって、政策アンケートを機動的に行い、住民自治を劇的に変化させていくような可能性である。
 また、開発計画、地区計画、建築計画などのプロセスに情報システムを活用することによって、迅速かつ的確な情報伝達を行い、市民的合意形成を図ることも考えられる。市民が主体となる新しいまちづくりの仕組みである。
 さらに、在宅勤務やサテライト勤務によって職住近接を実現するとともに、学校教育の情報化によって週3日登校にし、家庭生活重点の社会構造を実現することはどうだろうか。これらは、公共団体としてのイニシアティブがなければ、なかなか実現が難しい領域である。
 情報化施策の及ぶ先をそのあたりまで考えながら環境整備を進めることを、これからの京都産業情報センターの課題として持ちつづけていきたいものである。


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