田辺朔郎(たなべさくろう)1861〜1944

文久元年、江戸に生まれる。工部大学在学中、最新の土木技術を学ぶためヨーロッパに留学。帰国後、東京遷都による京都経済の衰退を危惧する北垣国道京都府知事に請われ、弱冠23歳で琵琶湖疎水の開削工事を指導した。当時は掘削機械もなく、人力に頼る工事は辛酸を極めたが、卓越した技術と不屈の精神力で5年の歳月をかけてこれを完成。その後も、日本初の水力発電を蹴上に実現するなど、京都産業の発展に大きく貢献した。
田辺朔郎紀功碑