京都産業のさきがけ



京都物産引立会社
明治3年1月京都府が勧業方の管轄のもとに東洞院六角南に物産引立所を開設、7月に物産引立総会社と改称され、前年油小路一条北に開設されていた西陣物産引立会社を出張所とした。山本弥太郎、竹原弥兵衛、平井忠兵衛ら12人を物産引立用掛に任じ、村上勘兵衛と近江屋平兵衛に物産世話役を命じた。明治5年には物産引立会社と改称。市中の諸会社、諸商社を統轄し、保護や育成に当たるとともに自らも製茶や養蚕、製糸を営むなど実務は多岐にわたった。明治3年にはここで飼育した春繭、秋繭の製糸で羽二重を織り、その二疋を御衣料として朝廷へ献納している。





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