京都産業のさきがけ



パピール・ファブリク
殖産業振興策として明治9年に創業された府営洋紙製造工場。京都振興の諸政策を打ち出していた明石博高の建議で右京区梅津の桂川畔に建設。京都府が開いた欧学舎の教師を勤めていたドイツ人技師レーマンが設計、建築技師として工事監督を務めた。建物はドイツ式スレート張で屋根瓦にドイツ語の工場名が彫刻されていた。完成後はレーマンと共に工事を監督していたドイツ人技師エキスネルが抄紙の仕事に従事すると共に、職 工の指導養成を行った。職工数約50名。木綿ボロやワラを原料とし、桂川の水力による75馬力のタービン水車を利用して製紙。下京区松原御幸町に共同販売所を設けて製品を販売した。





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