京都産業のさきがけ



京都博覧会
明治4年から昭和3年までほぼ毎年、計56回開かれた博覧会。京都の産業及び観光の振興に功績を残した。明治4年の博覧会は日本で博覧会を称した最初のもので、首都としての地位を失った京都の景気回復と啓蒙を目的として三井八郎衛門、小野善助、熊谷直孝ら京都の有力商人が主催。西本願寺を会場に10月10日から1ケ月開催され、1万1211人が観覧した。しかしこの時は展示品が古器旧物だった為、新時代にふさわしい勧業の性格を持たそうと明治4年11月官民合同で京都博覧会社が設立。明治5年3月に西本願寺・建仁寺・知恩院を会場として80日間の博覧会を開催。展示品は2485点に増加、入場者は3万1103人を越え、770人の外国人も入場した。つけ博覧として都をどりを開始。明治4年のものは内容不十分として5年を第一回とした。





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