インターネット利用研究会5月例会報告


開催日   平成12年5月16日  14時から16時 

開催場所  マリアージュ(アバンティ8F)

講演
  21世紀経済とインターネット
                            京都学園大学経済学部長 波多野進 氏

 ●IT革命の進展

 IT革命の進展と日米経済

 80年代、日本経済がバブル全盛だったのに対し、アメリカは設備投資、市場競争力ともに低調でした。しかし90年代になると日米の経済状況はまったく逆転してしまいます。実は、ここにIT革命があるといわれています。70年代から80年代にかけてのアメリカでは、政府と民間企業がうまく連携しながら、現在のIT革新に結びつくような技術開発に積極的に取り組んできました。その努力が90年代になって花開いたというわけです。
 アメリカのGDPに占めるIT分野の比率は、98年現在で約8%程度。実質的な経済の寄与度は35%にもなります。ある特定の技術分野がGDPの中で3〜5%を占めるようになると、国民生活に非常に大きな影響を与えます。アメリカでは89年から93年にかけて失業率がいろんな分野で下がっていますが、これを象徴的にリードしているのが情報産業分野だったのです。
 しかし、このままIT革命が好調に推移していくのかはっきりとしません。つい最近もバブルがはじけたという話題が新聞誌上を賑わしました。確かに、アメリカ株式相場の変動率を見ますと、2000年の3月をピークに30%以上も下落しています。日本でも新興情報通信関連銘柄の株価がどんどん下がっています。これが果たしてどういう意味を持つのか、これから慎重に推移を見守っていく必要があると思います。

 IT革命の進展のプロセス

 第1段階は、IT関連投資の増加と社会全体の需要の増大です。アメリカでは、80年代から96年にかけて情報関連投資が3倍に増えています。これがアメリカ全体の投資拡大のきっかけとなり、産業需要を増大させて景気を牽引していったのです。
 第2段階は、IT革命の進展による既存産業の生産性向上、さらに新製品がどんどん登場することで個人生活が向上することが考えられます。昨年の通産省の報告によると、98年時点のアメリカの企業間電子商取引規模は約20兆円、企業対消費者間取引は約2.5兆円にものぼります。日本では企業間の電子商取引規模はわずか9兆円に過ぎませんが、伸び率の幅が大きいので、ここ2〜3年の間に70兆円近くまで成長するのではないかと予想されています。
 第3段階は、新しい製品分野の登場により、新しい市場が創造され成長していくことが考えられます。これからの日本の新しいマーケットといえば、シルバー産業などが挙げられるでしょう。

 IT革命のもたらすもの

@ミクロの経営革新とマクロの市場革新
 IT革命が進んでいくと、非常にミクロな経営革新が起こります。これまでは社内取引の情報をスムーズに伝えていくために多段階の管理組織が必要でしたが、IT革命によって社内の情報流が円滑になるのでフラットな組織運営が可能となります。もう1つは、マクロの市場革新です。取引きを公正に行うためには、売り手が持っている情報は買い手がすべて知っていなければなりません。IT革命の進展によって、買い手側がいろんな情報をローコストでスピーディーに手に入れることができるようになりました。同じ商品がアメリカやヨーロッパでいくらで売っているか、そんなグローバルな情報がひと目で分かるようになってきたのです。
A企業の外部取引、内部取引費用の低減
 外部取引を行うためには情報が必要ですが、IT革命の進展に伴い情報を入手するための設備コストが低減します。また、内部取引費用についてもアメリカの場合ですと、伝票1枚処理するのに120ドルかかっていたのが、IT革命によって10ドルにまで低減しました。企業内部で円滑な情報のやりとりが可能となり、処理コストが劇的に減少するならば、非常に大きな経営革新が生まれるのは当然の成りゆきでしょう。
B 格差の拡大
 IT技術を導入し、それを活用できるか否かによって大きな格差が生じます。これは企業や個人だけでなく、国家間の格差についてもあてはまります。アメリカはこの20年間で社会的格差が急速に拡大しています。日本でも、ここ10年の間にアメリカ以上に所得格差が広がっているという試算もあり、IT革命によってますます加速していくことは十分に考えられます。もはや日本は、これまでのような平等社会ではなくなっているのです。

 ●IT革命で雇用はどうなるか

 まず最初は、失業の増大です。日本の現在の完全失業率は今年2月現在、史上最悪の4.9%。ここ数年に失業した中高年労働者の数は10万人以上といわれています。IT革命によって新しい技術が生まれてきますが、既存の雇用では対応しきれないため、新しい技術に代替されてしまうわけです。しかしその時期が過ぎると、産業全体が増大し、雇用を吸収する新たな力が生まれてきます。新しい市場の創造によって、新技術・新産業による雇用が拡大していくのです。日本はいま失業が増加しつつある過渡期にありますが、IT革命の進展による雇用機会の創出に大きな期待を寄せたいと思います。

 ●デジタル社会の光と影

社会・政治参加の機会の創出

 実はこれからのデジタル社会にはメリットとデメリットがあります。最も大きなメリットは、国民の社会・政治参加の機会が拡大するということです。現在、日本のパソコン普及率は35%程度なのに対し、アメリカでは50%を超えています。たとえば、特許の申請や税金の申告などすべてインターネットで利用することができ、非常に便利です。今後、日本でもパソコン普及率の高まりによって、インターネットなどを利用した社会的、政治的参加の機会が増えてくると思います。次に挙げられるのが、大衆の社会的プレゼンスの拡大、つまりモノを言いたい人が増えているということです。山のようにモノを言いたい人がその手段を手に入れたのがインターネットです。それはネットマガジンやネットニュースがあふれていることからも分かります。日本本来の大衆文化が、新しい情報発信システムの誕生によっていっきに花開いたわけです。

動揺する子どもたちの価値観

 デジタル社会にはデメリットもあります。いまから30年ほど前、テレビが急速に普及した際、テレビが子どもたちに与える影響について真剣に議論されたことがありました。実はデジタル技術によってもたらされる新しい表現手段も、一歩間違えばテレビ以上の害毒を与える可能性を秘めています。いろんな意味で、子どもたちの価値を動揺させる可能性があることに注視しながら、情報発信者は表現方法やコンテンツなどを慎重にデザインしなければならないと思います。そのほかにも、カオス、無秩序の可能性が挙げられます。
 IT革命の進展は、独立した自由な社会を生む可能性と同時に、無秩序性も併せ持っています。残念ながら最近は、社会規範を知らない若者が増えており、デジタルネットワーク社会の中で拡大される恐れがあります。デジタル社会を生きていくうえで、いい面だけでなくデメリットについても常に念頭に置いておく必要があるのです。

 ●日本とアメリカ〜デジタル社会の軌道

 日本とアメリカのデジタル社会の軌道は、これから大幅に変わってくると思います。これまでアメリカはインターネットの開発と育成、情報スーパーハイウェイ構想、電子申告の奨励など、政府と民間企業、研究機関が協力しながら戦略的に取り組んできました。日本がアメリカの戦略をそのまま真似をする必要はありませんが、セキュリティやプライバシーの保護など消費者に対する配慮を急ぐとともに、日本固有の文化である漢字文化への対応を真剣に考えていただきたいと思います。最近、ネットワークのアドレスを漢字で対応しようという動きもありますが、なおコンピュータで使うことのできる漢字は制限されています。今後はアメリカに追随するのでなく、日本の伝統文化を生かしたオリジナリティあるデジタル社会の構築も視野に入れていく必要があるでしょう。