「ほんとうにおいしいお米」の価値を伝えたい
2年前、私は経営コンサルタントから転身して、まったくの新規参入という形でこの『はちぼく屋』を開店しました。なぜこういう店をやり始めたのかという経緯を振り返りながら、店の基本的な考え方をお話したいと思います。
もともと自分自身で事業をやりたいという気持ちがありました。コンサルタントの仕事を通じて経営者の方々と接し、考え方を吸収しながら「自分はいったい何をしたいのか?」を自問自答する毎日でした。最終的な決め手は、結局のところ私が育った環境ですね。
特に父親の影響が大きかったと思います。私の父は「日本一うまいみかんをつくる」というのが口癖で、無農薬みかんの『無茶々園』(愛媛県)創業メンバーでもあり、現在も生産者の一人として営んでおります。かれこれ20数年前、無農薬みかんに切り替えた際、すごくおいしいと感じた記憶が今でも鮮明に残っています。私は本当においしいみかんを知っている! そしてそれをつくる生産者の、表現しようのないほどの大変さも知っている! こういう価値をぜひ多くの人に伝えたい、そう思うようになりました。
しかし、みかん屋ではなかなか食べていけそうにないと思い、毎日食べるお米に注目しました。モノは違えど、同じ農業ですから基本は一緒。お米の流通業界は非常に古い体質で、一生懸命がんばっている生産者がいるにもかかわらず、そのおいしいお米を店頭で買い求めることはできません。最初から特に無農薬・減農薬のお米にこだわっていたわけではないんですが、本当にうまいお米を探していくと結果的にそういう栽培方法のお米にたどりつくんです。それなら無農薬米・減農薬米専門のお米屋にしてしまおうと決めました。
それから、「はちぼく」というのは、江戸時代中期ごろの文献によれば、「米」の字をばらして「八(はち)」と「木(ぼく)」で「はちぼく」と呼ぶ習慣があったそうです。ほかにも「八十八」の手間がかかるなど、日本人にとって主食でもあり馴染み深いお米ですから、いろいろと表現されてきました。また、昔のお米は当然ですが無農薬・無化学肥料栽培です。この言葉を知った瞬間に店名を『はちぼく屋』にしようと決めました。
そして、開店まではスーパー・生協やお米屋さんなどをリサーチしながら、また主婦の方々からいろいろな意見を聞いて、それらをまとめて消費者感覚だけを頼りに「こういう店があったらいいな」という想いを形にしたのがこの店なんです。
消費者の視点でつくったら「型破りなお米屋」に!
一般的に米屋というと、暗い店内に5キロとか10キロの袋が積み重ねられている光景が思い浮かびますよね。そのイメージを払拭して、明るい店にしようというのが、まず第一にありました。外観は一面ガラス張りで、店内にはそれぞれのお米の説明を張り出したボードと米びつ、精米機、そして中央にはテーブルと椅子があります。良くも悪くも、おおよそ米屋らしくない外観なので、初めて来られるお客さんの中には前を通り過ぎて、近所で聞いて戻って来られる方もいらっしゃいます(笑)。
また、通常の米屋・スーパーなどでは生産者から消費者の手に届くまでにすごく複雑なルートをたどりますが、私は生産者から直接仕入れて販売するスタイルをとっています。そして、ご飯の味や値段に詳しい30代から70代までの主婦の方々に、消費者モニターをお願いしています。品種と値段の情報から味見をしてもらい、率直に「これで1キロ600円は高すぎるわ」といったシビアな評価をしてもらえます。私の思いより、実際に買いに来られる消費者と同じ感覚の人の評価が重要ですから。そのようにして品揃えと値段を決めると、どれも均等によく売れます。さすがごはん党の主婦!という感じです(笑)。これがうちの核となる仕組みです。
◎食感分類
ところで、おいしいお米とはどんなお米でしょうか?
まずは、甘みがあって、香りやツヤなども大切な要素ですね。通常、店頭ではコシヒカリ・あきたこまち・ササニシキなど品種で分けていますが、おいしいお米はどれでもおいしいんです。しかし、決定的な違いが『食感』なんです。これはモニターさんたちの話を聞いていてわかったことですが、人それぞれ「好みの食感」が違うんです。それなら、代表的な食感を好みで選んでいただくほうがわかりやすいだろう、ということで、うちでは『3つの食感』に分類しています。一つは魚沼産コシヒカリのような「しっかりめでモチモチした食感」。そして、お寿司によく使われるような「かたい目であっさりとした食感」。もう一つは「やわらか目で粘りのある食感」。この『食感』で自分の好みに合ったお米を選んでいただく方法はほかで聞いたことも見たこともないんですが、お客さんの反応を見ているとすごく理にかなったスタイルだと思います。
なお、うちでは魚沼産コシヒカリは置いていません。魚沼産というだけで高く、探せば同レベルやそれ以上のお米が安く手に入るからです。ブランド力に頼ったり、売れるからという理由で置くのではなく、「おいしくて安心な」お米を「適正価格」で、結果的には安価に提供できるよう努めております。専門店ですから当然と考えています。
例えば、当店売れ筋ナンバーワンのお米は島根県産のお米なんです。魚沼産のコシヒカリによく似た食感と味で、開店前に島根へ行って生産者と会い、信頼できる人かも確かめました。もちろん他のお米も同様です。仕入の段階で、普通やらないような努力はたくさんしています。
◎500グラム以上 分づき精米
それからヘルシー感へのこだわりです。うちは基本的に1キログラム単位で玄米を販売します。そして、お客さんのご要望に応じて、その場で無料で精米しております。もちろん、白米のお客さんが多いんですが、最近の健康志向から玄米や分づき米・胚芽米を食べたいというお客さんが増えていますね。特に分づき米は一分から九分づきまで全てできますし、精米は3合(0.5キロ)以上の単位で精米できます。ここまで細かく、しかもこれだけ小さい単位の量からの希望に応じた精米は、確かに面倒なことかもしれませんが、自分が消費者ならそうしてほしいと思うことをしているだけなんです。
いま、3合と申し上げましたが、皆さん、1キロのお米は何合だかわかりますか? だいたい7合弱で、玄米から白米に精米しますと6合強です。これをお客さんにわかりやすいように、壁に「キロ」と「合」の対比表を貼り付けています。そして精米後のお米は、玄米のキロ数と精米後何合分かも明記しています。このように売り手なら当たり前のように知っていることでも、買い手側には知られていないことがよくあります。それらをわかりやすく説明してあげるのも「消費者視点」の一つではないでしょうか。
◎サービスいろいろ
店内のテーブルと椅子は、精米から買い物袋に詰めるまでのおよそ3分〜5分間、ちょっとほっこりしていただくために置いており、お茶もお出ししています。そうするとお客さんも、待ち時間を待ち時間と思われないようで、これもやってみて正解だったと思います。
そのほかにもスタンプカードを店側でお預かりしたり、お試しサイズで小分けにしたり、新鮮な米ぬかを無料で差し上げたりと、思いつくサービスは可能な限りやっています。
こういったプラスアルファが口コミの際に効いてくるようです。うちは広告をほとんど出しませんから、お客さんの自発的な紹介だけが頼りなんです。おかげさまで開店以来、毎日1日平均2人ほどの新規のお客さんがずっと続いております。
また、配達も1キロから無料で行っています。「それで採算はとれるのか?」とびっくりされる方もいらっしゃるでしょう。もちろん1キロの配達が重なれば、とても採算はとれません。しかし実際には、1キロというのは月にせいぜい1件か2件です。それでも「1キロから配達します」と公言しておきますと、消費量の少ないお客さんはすごく安心されるんです。だからやっています。
店頭では「2〜3週間で食べ切れる量」を計算し、こまめにお買い求めいただくようお勧めしています。実は農家が手間暇かけたどんなにおいしく高額なお米でも、精米したお米は1カ月以上経つと確実に味が落ちます。好みのお米が決まれば、1キロからでも電話1本で無料配達します。だから「一度にたくさん買わないでください」と。
一歩踏み出す勇気をもとう
創業する前はすごく不安ですし、エネルギーも要ります。まずは何がしたいのかという「使命感」を自分の中ではっきりもつことが大事だと思います。商売というのは毎日予想外のことが起こりますから、それを前提にして答えを出していかないとブレてしまうと思うんです。例えば私の場合、卸売りをしてほしいというスーパー・飲食店からの話がよくもちかけられます。でも「おいしいお米を必要なだけ販売する」のと「ある程度の量をまとめて流す」のでは、まるで話が違いますから、それをやってしまうと誰のための店だかわからなくなります。だからすべてお断りしています。
考え方が決まったあとは、具体的なイメージをつくりあげていくこと。店の外装や内装、電源の場所ひとつにしても、自分以外の人では決められません。客導線なども含めて考えておかないとキチンとした形にならないのです。
また、資金調達から収支プランなど、数値面での事業計画も必要です。私の場合、最大の資産は人脈と健康だと思っています。コンサルタントの仕事を通じてお世話になった方、知り合いの方といった人脈をフルに活用して資金調達や情報収集をしました。そういうお世話になっている方々のためにも、絶対失敗はできないという思いもより強く持てますし、さまざまな面で今でも私を支えてくださっています。 そして最後は、やるかやらないか。私の場合、最後は「やりたい気持ち」が勝って踏み出しました。
当然家族を路頭に迷わすようなリスクもありますから、踏み出すか踏み出さないか、こればかりは最終的に自分自身で決めるしかありません。これは創業だけではなく、すでに商売をされていて、何か新しいことに取り組みたいと思う場合でも、基本的には同じだと思います。実現するもしないも自分次第。どちらが正しいなんてことはありませんが、何年か経って後悔だけはしないよう、その辺りを肝に銘じておくことも必要だと思いますね。
(
平成16年6月23日(水) 講演より)
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