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タイトル 京都発の成功企業に学ぶ(2)
お客様視点に立てば商品や売り方が見える!
あきんどの心意気が成功の秘訣
講 師 株式会社オンリー
代表取締役社長 中西浩一 氏
●プロフィール
紳士スーツのツープライスストア『ザ・スーパースーツストア』を世に送り出したほか『19ショップ』など新業態専門店を続々と開発中
まずはやってみるのが信条
 私が少なからず自負してますのは、自分は商売人、「あきんど」やということです。それともう一点は、勉強会や講演会に行きまして人の話を聞くのが好きで、それが縁で商売の方向性が変わったり、やり方が変わったということがたくさんあります。今日は『あきんど講座』ということで、私自身がこんなことを思って商いをさせてもらっているというお話を申し上げて、少しでも皆さんのお役に立てたらと思っています。
 なぜ洋服の道に入ったのかとよく聞かれますが、それは、あきんどという道の中で服というひとつの商材があったということ。私の親父がテーラーの仕事をやってましたので、「早く一人前になりたいな」と思ったときに、親父がやってた仕事をやるのが一番早いんと違うかと思ったわけです。それから5年間修業し、昭和45年の万博の年に独立して開業しました。最初はオーダーでいろんなことをやってたんですが、あるお客さんから「もうちょっとトータルにやったらどうや」と言われまして、私はその方を非常に尊敬申し上げていたので、それじゃということで男のブティック『オンリー』を昭和51年に北山通りに出店しました。
私は北山通りが大好きなんです。それで、植物園前の700mぐらいの北山通りで百貨店を横に倒したような展開をしようという発想…その後メンズからレディス、キッズ、飲食も含めていろんな事業を始めました。私の座右の銘は「知行合一」というんです。「知ることは行うこと、行うことは知ること」で、「なんでもやろやないか、やってから具合が悪かったらやめたらええんや」と。そやから、やりたがりの中西と有名なくらいです。

得意分野に特化して新業態を開発
 その頃からイタリアによく通っていました。イタリアの服は非常に軽くてシルエットもいいので、イタリアの工場に技術の勉強に行きながら、それを日本でなんとかできないかと考えたんです。ところが、昭和60年のプラザ合意で為替が一気に変わってしまって、真似をしてつくるよりも直接イタリアから仕入れたほうが早くて安い。そこで卸もできる会社を大阪につくって、JRの三都物語じゃないですが大阪・京都・神戸で小売店や卸店をやっていこうと考えて、約10年間やりました。
 人生を大きく変える転機が訪れたのはその後です。ある講演で先生がこういうことをおっしゃった。「なにもかもやるという時代はもう終わった。これからは自分の得意な部分に特化しないと生き残っていけない」。私はショックを受けまして、振り返って考えたらメンズ、レディス、キッズから飲食まで、まさしくなんでもやってるわと。そこで自分は何が強いのかと考えた。
テーラー出身だからメンズのスーツは強い。日本の工場には弱いけど、イタリアには友だち関係の社長とか工場長とかがたくさんいる。自分はイタリアとメンズが強いな、ということで誕生したのが『INHALE+EXHALE』というブランドでした。アルマーニとかベルサーチをつくっている工場でつくったイタリア製のスーツを、市価の3分の1くらいの4万6千円と5万8千円で出したわけです。
1号店はあえて、六甲アイランドの神戸ファッションマートという、アパレルばっかり入っているビルに出店しました。というのは、アパレル関係の人が買う洋服が何年かすると一般によく売れるんです。売り上げの約6割はアパレル関係のお客さん。そのうち半分以上が『ワールド』の社員の方でした。ワールドの社員の方々に、社員販売で買うよりも私共の店で買ったほうが値打ちがあると支持をいただいた。そのときにつくづく思ったのは、「商売は正直にやったら、こんなええ結果が出るんや」ということでした。

お客様の「安心」が会社のコンセプト
 洋服の商売では、プロパーで売る時期と残ったものをバーゲンで売る時期があります。バーゲンはだいたい1月と7月で、それぞれ20日間、年間で40日くらいです。ところが、北山通りでバーゲンをやりましたら、全店で1日5千万、6千万円の売り上げがあがる。94年の1年間を集計してみたら、なんと驚くなかれ、40日のバーゲンの売り上げが年間残りの売り上げ額より勝っていたんです。お客さんを大切にといいながら、昨日10万円で売っていたものが翌日から5万円ですわ。「昨日買った人は不運やった」ということになります。私はなんて嘘つきなんやろと当時、真剣に悩んだわけです。
 それで96年にこういうコンセプトをつくりました。まず「返品交換お受けします」。イタリアの洋服は縫い方が粗いところがありますので、返品交換を全部受け付けました。それをどうしたかといいますと、自分でイタリアへ持っていって工場の方々に「こんな縫い方では日本人の感性に合わないからちゃんとやれよ」と。それから「バーゲンはしません」「社員販売もしません」。私たちは洋服を、お客さんにお売りしてそれで生活してるわけです。それを社員が先に取って、なおかつ2割引、3割引というのはおかしい。社長やからとタダで商品を持っていく人もいますが、それもおかしい。ということで、社長も社員もお客さんと同じ値で買うようにしたのです。それから、人件費などの無駄やロスを全部落とすことで、お客さんに適切な値段でお売りしますと宣誓しました。
このときにつくった言葉が「安心空間、安心プライス」。おかげで非常に支持をいただいて、メンズのスーツで90%以上の回転率という考えられないような結果が出ました

常にアイデアを求めつづけて
 韓国に『東大門◇トンデムン◇』『南大門◇ナンデムン◇』という市場があります。あれをなんとかビジネスにできないかと何年も前から注目していました。そしたら、忘れもしません1998年の2月28日に一休さんが枕もとに立ちまして、「私の名前を使え」と言わはったんです。「名前を使えって、あっ1900円ですか」「そうや、1900に消費税かけたらいくらになる?」「1995円、5円のおつりや。商売人はご縁を大切にしますな〜!」
社員をすぐに韓国の※『東大門◇トンデムン◇』へ買いにいかせて、北山通りの20坪の店で1号店をオープンさせたのが3月10日。売れました。次に東京・青山の骨董通りにある65坪の店でやったら、これも大当たり。テレビが毎日取材にきます。フランチャイズの申し込みが大変で、1年もたたんうちに10数店。『一休ショップ(19ショップ)』が華々しくデビューしました。そのとき韓国に常時行ってましたので、ちょっと足を伸ばして中国の紳士服を見に行ったんです。
12〜3年前に中国に行ったときには「こんなもん誰が着るんや、どうしようもない」と思ったんですけれども、なんとレベルがすごく上がっていた。これはなんかやらん手はないということで、19ショップのなかにちょっとスーツを入れて実験したら、ボロボロ売れますねん。それが『ザ・スーパースーツストア』(19,000円)の原点になったんです。

※ソウル中心部にある東大門の南側に、衣料品や雑貨など2万を超える小売店や卸店が集まっている。100年近い歴史があるが、90年代後半に「斗山タワー」「ミリオレ」「フレヤタウン」といった大型ビルが相次いで建ち、若者に人気のファッション街となった。

京都から全国制覇を狙え
 ええ話ばっかりしてますけど、失敗談をはじめたら4時間くらいかかります。けど、失敗してもめげずに「なんとかせんとあかん」という思いをしていると、一休さんが枕もとに立ったり、あるいは中国との出会いがあったりして、それが新しい業態の開発につながっていったように思います。
 特に声を大にして言いたいのは、新しいものを考える街として京都というのは素晴らしいという こと。よく「似たような店が出てきてどうですか」 と聞かれますが、他の土地の会社はすぐに真似しますわな。けど、京都では物まねは受け入れられ  ません。だからこそ、独自性のある新しい業態が出てくる土壌が、京都にはあるんやないかと思うんです。
それに私は今、マーケットサイズというものを考えると、ものすごい人の多いところでやって成功したものを、他のところに持っていくのはどうかなと思っています。私も今まではそんなこと知らんから、東京で当たったものをすぐに北山通りでやってました。でも、2カ月くらいは売れますが、3カ月目になるとだんだん下がってきて、そのうち在庫の山ですわ。つまり、新業態はどこでスタートするかというのも非常に重要やということです。そういう意味では、テストマーケティングをやるには京都が一番です。京都の人は金は出さんわ、感度はいいわで、京都で成功したら全国に通用します。地方からスタートして全国制覇をしていく時代が、いよいよやってきたんやないかと思います。
 「売れてるということは売れへん証拠。全然売れへんかったら次に売れる証拠やで」と私はいつも言うんです。今は『ザ・スーパースーツストア』が絶好調で売れていますが、また売れないときも来ます。そやから今もアイデアを考えています。一つは30〜40代のビジネスマンを対象に、デイリーに着られて、長持ちして、値段が安くて、この洋服着てたら体の調子がよくなって、仕事がバンバンできる、ほんまに喜んでもらえる洋服を、“世界のスーツの基準を変える”ということで100ドルでやる。
もう一つは、“満足払い”のスーツ。これは京都に原点があるんです。京都では、馴染みの飲み屋さんへ行ったら1年くらいツケで、タダでいける。あれ、満足払いやと思うんです。満足しなかったらお金払わへんか、次に行かへんかどっちか。そやから、お金をもらわずにスーツを持って帰ってもらって、気に入った人だけお金を払ってもらうスーツストアがしたいなと。今度やるときも今まであることをすべて否定してやっていきたいなと思っています。
 それと、あきんどの原点は、どんなときも正直にニコニコと笑顔でやっていくこと。そうしたら、必ず救ってくれるお客さんがいるし、見てくれてる誰かがいる。そう思って、いつも次の夢を描きながらやっています。

(平成13年9月28日(金)  講演より)

講 師
株式会社オンリー
代表取締役社長 中西浩一 氏
電 話
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FAX
075-722-0500
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