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| タイトル | 今に生かそう 京のおもてなしの極意 ―考えてみませんか京の観光― |
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| 講 師 | 笠井一子氏 | |
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●プロフィール 1969年、法政大学社会学部社会学科を卒業。 マーケティング・リサーチの会社勤務を経て編集者に。フリーランスのライターとして女性誌や料理誌などで活動。料理人や職人などの人物ドキュメント、和風のしつらえなど日本の伝統技術および生活文化についての記事を執筆。 著書に「京の配膳さん」(向陽書房)「プロが選んだ調理道具」(平凡社)がある。 |
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| あなたが好きな街の景色を伝えてみませんか 京都には東京とは違う発見があり、大好きでよくまいります。旅の楽しさというのは、いつもと違った空間に身を置き、そこで新しい体験をし、感動や発見を得て気持をリフレッシュすることにあると思います。観光地では名所旧跡も大切ですが、その都市の情感を味わうことが求められているのではないでしょうか。どこへ行っても同じような都市が多く、せっかくの自然を壊して新しいものがつくられていたりして、がっかりすることも多いですね。自然の景観を保つことに、もっとお金を使えば良いのにと思うことがよくあります。 また、土産物屋さんが土地のことをもっとよくご存じだといいのにと思います。お寺の歴史に詳しくなるということではなく、観光客にパーソナルな風景を持ち帰ってもらえるような情報をそれぞれの人が持っていてほしい。例えば雨の日なら、「お客さん、今日は雨で不運だと思われるかも知れませんが、考えを変えて石塀小路でも歩かれてみてはいかがですか」というように。雨にぬれてしっとりした石畳を歩くのは京都らしいですよ。できればパラパラと唐笠にかかる雨の音を楽しみながら、駒げたなどを履かれるともっと良いと…。もしかしたらそれで傘や駒げたが売れるかもしれませんね。たとえその時は買われなくても、石塀小路に行ってみようと、そしてここで傘を持って、げたを履いて歩いたら良いなあというイメージがわいてくると思うんです。「あの道の2番目の辻は大変静かでツバキの花がきれい」「白川の料亭ののれん暖簾ごしの明かりが桜のシルエットを浮かび上がらせる」とか、その土地に住む人が自分の感覚で歩いて、ガイドブックに載っていないちょっとしたとっておきの景色を心の中に貯金しておかれると良いと思います。そして、観光客にそんな言葉をちょっとかけられてはいかがでしょうか。 その土地に来たからこそ食べられる料理が素晴らしい! まず景色があって、それからその土地でしか食べられないもの。その土地に昔からある料理や、その土地独特の食材を使って、その土地ならではの料理法で提供されたものを観光客は食べたいんです。どこででも食べられるものを出しても仕方ないと思います。 瀬戸内海の直島にあるホテルで京都の懐石料理風のものが出てきたことがあるんです。料理長は京都で修業された方だったんですが、全く土地の雰囲気に合わないんです。この土地らしい野趣に富んだ料理を期待していただけに、「なぜここまで来て京都の料理を食べなくてはならないのか」と、せっかくの素晴らしいロケーションや建物なのにと残念に思った経験があります。その土地に来たからこそ食べられるもの、思い出に残るものを提供していただきたいと思います。 つくった人とふれあえるような売り方って とっても温ったかです あと大切なのはふれあいですね。売り手と買い手のやりとりでは、単に物が右から左に移動するのではなく、人の顔が見えるような売り方があれば買う人も興味がわくんです。 食べ物でも作り手がどこのだれかと銘打たれると良いと思います。例えばこれを作ったのは何々町の何歳のだれだれさんですよというような情報があれば、買う人は実際にその人に会わなくても、なんだか会ったような、その人からじかに買わせていただくような気持ちになる。それが今の時代にはとてもぜいたく贅沢なんです。手づくりジャムなども、だれが作ったと横にちょっと書いてあるだけで人の手ざわりが感じられる。何も書いてなければ大量生産されたような気がして、2つ並んでいればおそらく名前が書かれたものを買うんじゃないかと思います。 私は京都に来ると、できるだけ人のぬくもりがあるものを求めるようにしています。私の知っているある店には80歳代のおばあさんが小さなお店に一日中座って金物細工を作っています。豆腐すくいをたのむと、あれこれ話しているうちに目の前でできあがっていく。それを買わせていただくと、本当に大事に使おうという気になります。そして、使うたびにおばあさんの顔が思い出されて愛着もわいてくる。また、アフターケアも、今度京都に行った時におばあさんにここを補修してもらおうという楽しみ方があるんです。 京風のもてなしはひとつの付加価値です 接客にもその土地ならではの接客法があります。北海道は大ざっぱですが、飾らないさっぱりとした人情があります。あるデパートの魚売り場のおばさんは本当に一生懸命で、どこまで持って帰るか尋ねて氷を入れたり、忙しくて手がたりない状態でも相手のことを考えて走りまわっておられるんです。それを見ているとまたそのおばさんの所へ行って買おうという気になる。言葉は大ざっぱですが、その大ざっぱさがいかにも北海道の女性らしく好印象を受けました。 その土地ならではのお客様の対応の仕方があって、それが旅行者の印象を決めると思います。「京都の人は言葉は丁寧だけれど本当のところはよくわからない」とよくいわれますが、京都風のもてなしというのはひとつの付加価値があり、とても洗練された美学のあるところにその特徴があると思います。その接客法が良い悪いではなく、京都にはそういう接客があるということなんです。 配膳さんは行事の裏方の総指揮者 京都には京風の接客のプロとして「配膳さん」がいらっしゃいます。今は大変少なくなりましたが、昔は京都のご大家には出入りの配膳さんがいらしたんですね。出産、お宮参り、観劇、棟上げ、茶席、喜寿の祝い、法事などいろんな行事の時に出入りの配膳さんが来てすべてのことを取り仕切られるわけです。 宴会を催すとご主人や奥様はてんてこまい、お手伝いの方にいちいち指示しなければいけない、来客に失礼があってはいけない、お土産を持たせる場合はそれを忘れてはいけないといろんなことに気を配らなければならず、人とゆっくり話しこんだりできないわけです。 それを代わって取り持つのが配膳さんで、亭主が神経を使わなくても円滑にことが運ぶよう裏方の総指揮を取る方です。手伝いに来た人達をうまく動かし、お客様を含めた人の流れを見ている。ですから主人はゆっくりでき、芸者さんが入った時は芸者さんは芸のことだけ、仕出し屋さんは料理のことだけ考えてれば良く、それぞれがそれぞれの役分を安心して果たせるわけです。 1.お客様は迎える時より見送る時の方が大事 配膳さんから私はいろいろなことを学ばせていただきました。まず第一に接客のポイントはお客様が到着された時と帰られる時、特に来られた時よりも帰られる時が大事なのだそうです。 帰りの履物の心配、忘れ物はないか、雨の日は傘の手配、車の手配などお客様から問われなくても配膳さんがすべてスムーズに送り出す。お客様が「さり気なくて、そしていかにも心のこもった見送りを受けた」という思いを残し、また来ようという気持ちを決定づけるのだとおっしゃるのです。 東京の八百前という江戸前料理のしにせ老舗の女将さんが書かれた本によると、あるとき関西の料亭のご主人が大切な実業家のお客様の接待で来られた。女将さんは座敷に気を配ってらしたんですが、まだ帰られるには時間があるから大丈夫だろうと思っていたら、早々に立たれることになり、果物を出したら即、お客様が玄関に出られたそうです。その時、下足番のおじさんがおらず、女将さんが慌てて玄関に飛び出し下に降りて履物を探そうとすると、接待をしている側の関西の料亭のご主人がさっと足袋裸足で水を打った玄関先に飛び降り、大切なお客様のために土間にはいつくばるようにして靴を揃えられた。それを見た女将さんは関西の接客はすごいものだと感心し、何と自分たちは至らないのだろうと顔から火が出る思いだったそうです。そのように自分の身を捨ててでも、お客様が大事というそれがやはり関西の接客の仕方の基本的なものじゃないかと思います。 2.お客様の意向・状況・雰囲気をいち早くつかんで「場づくり」を また、配膳さんが常に考えておられることはお客様をくつろがせる、料亭であれば自分の家に帰ったようにリラックスさせる。でもそれが、いかにも気を遣っていると相手に感じさせるような気の遣い方ではいけない。終わってみてああなんという心のなごむもてなしだったんだろうと思われるようなさり気なさでなくてはいけないとおっしゃっています。 京都では、仲居さんに行儀作法、お茶やお花を習わせるところもあるようです。それが十分に身につけば生きてくるものなのでしょうが、生半可に身についていると形式的で肩がこるようなもてなしになってしまいます。 お客様に対する思いやり、ユーモアとウイットはその人の人柄ですから今さら一生懸命勉強しようと思ってもできるものではありませんが、その人の温かさ、相手の立場になって考えることでいくらでも補えるのではないかと思います。 配膳さんが相手のことを知るためにいつもされていることは、まずお客様の意向、状況、雰囲気を早くつかむということです。その宴会がどういう趣旨で、だれかを励ます会なのか、見合いの席か、どなたかの喜寿の祝いか、そういうことをいち早く読み取る。励ます会であれば主人公の気分が高揚するように神経を配り、お見合いの席であれば本人同士が相手に良く見えるように気を遣う、喜寿の祝いであればお年寄りに食べやすく包丁を入れるよう調理場に伝達される。それは相手の身になって考えるということで、接客技術とはいいますが、技術や知識とはまた別のものだと思います。 配膳さんと似た職業にワインを提供する「ソムリエ」があります。世界のワインコンクールで第3位になられた方に話をうかがったことがあるんですが、第一級のソムリエはワインの知識だけでできるものではなく、むしろそれはあまり重要ではないとおっしゃっていました。ソムリエがいたかどうかわからなかったけれど、とても快適な食事だったと思わせるソムリエが最高で、気が利きすぎてもじゃまになる、けれど必要な時にはすぐ傍らにいる、それがソムリエの極意だそうです。 3.客前での身のこなしは美しいですか また、配膳さんは客前を整然ときれいにすることをいつも考えておられます。料理を出すこともそうですが、宝石店などでアクセサリーをお客様の求めで前に出す場合など、やはりお客様の前にものを出す時は美しく出すことが大切です。配膳さんのしぐさは、お膳の持ち方、箸の使い方、お酒の注ぎ方、その時の手の添え方、差し出す角度など身のこなしが自然に流れるように流暢で、美しいんですね。飲み物は右から出して、食事は左からというのが一応の決まりだそうですが、それは部屋によってケース・バイ・ケース。配膳さんの場合は、飲み物も食事もすべてお客様の右側から出して食べ終わってないものを左の方に寄せていくというやり方をしています。要は整然と、見た目にきれいにすれば良いということです。あちこちに置かず一定の方向に流れるように進め、お客様の体に当たらないようにすること。その時々のやりかたは部屋のつくりや状況、席の都合でその都度変わるものだとおっしゃっていました。 4.料理はスムーズに 待たせることがマイナス要因に導きます その次に大切なのはお客様を待たせないこと。待たせると、お客様はだんだんあら探しを始めます。遅いということに始まって、店のつくりがアカ抜けないとか、店員の口の利き方が気にくわないとか。そうしたあら探しを始める前にことを進め、待たせなければならない時は、どうしてお待たせするかというインフォメーションをお客様に伝えることが重要だと思います。待たせることはお客様をどんどんマイナス要因に導きます。 料理屋だと料理を待たせずにスムーズに出す。そのために配膳さんが座敷と調理場とのパイプ役を果たすわけです。今、お客様はあいさつをされてるとか、話が深刻になってるので料理はもう少し控えてほしいとか連絡を調理場に入れます。込み入った話の時は料理に手をつけられませんから、料理がたまり、冷えてしまいます。温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちにというタイミングを配膳さんがうまく調節し、進行を指揮されるわけです。ただ急げば良いのでなく状況に合わせて考える事が大切なのです。 5.席順はやはり大事です それから配膳さんが気にされるのが席順ですね。 これは、日本の社会のいろいろな場で大事なことで、だれが主客かを常に念頭におかれます。待ち合いで雑談されてる場にお茶を持って行き、なんとなくこの方が主客だと察知されたり。あらかじめ幹事の方に聞いておく場合もあります。たとえば床の間を背にした3人のうち主客がどなたかどうしてもわからない時は、仲居さんが3人でお膳を持って入られ、一、二の三で同時にお膳を置かれることもあるそうです。タイミングが同時であればどなたにも絶対失礼にならない、そういう工夫をされているわけです。 上座、下座も大切ですが状況を考えず機械的にしていると失敗することがあります。普通は床の間を背にして上座としますが、ここは庭がきれいだからなどと言って急きょレイアウトを変える場合があるんですね。すると上座と下座の位置が変わるので、几帳やびょうぶ屏風を使って部屋のインテリアを変えるそうです。 配膳さんから学ぶ接客の心構え お客様からいろいろ質問されることもあります。ひな壇の飾り方や新郎新婦の並び方について問われたことがあるそうです。東京と京都ではひな壇の飾り方が違うようなので、京都のしにせ老舗のご主人に聞いたそうです。すると、「ひな壇は京都御所の紫宸殿がモデルなので北に位置して南に向かって飾る。吉の方角を序列で示すと東西南北の順になり、男雛(新郎)は東だから向かって右側に、女雛(新婦)は向かって左側、私共のお雛様はそのように飾っております」とおっしゃったそうです。 ところで、天皇皇后のお立ち台に立たれる位置が戦後変わったそうです。おそらく、欧米流に旧来のスタイルを変えられたのだと思いますが、それで自然にお雛様の並べ方も変わり、東京は新しいやり方、京都は旧式を守っていることが多いようです。 このように疑問を持つと配膳さんは熱心に研究されます。「ルーツをさかのぼって調べると絶対忘れないし、問い合わせにも自信を持って対応できる」とおっしゃってました。 ここで、もてなしの心構えを私なりに整理しますと、 1.その土地をよく知るということ、愛着を持って情報を集める。それはただ知識として集めるのでなく、実感して実体験されることが説得力を持つと思います。ひな壇のことも疑問に思ったことを実際に調べに行くと、他の店はどうであれ自信を持って対応できますし、お客様は「なるほどそうなのか」とそういうところに感心されると思うんです。 2.疑問を持つことが大切で、それを徹底的に調べると仕事も面白いのではないかと思います。 3.仕事への情熱は人の心をつかみ、お客様に感動を与えます。好奇心満々で、常に何かしら新しい体験や発見をすることだと思うんです。毎日同じことをしていると人間というのは自然と心の緩みも出てきます。 4.臨機応変な対応ができないといけない、マニュアルどおりではいけないということです。マニュアルを信仰してそのとおりにやっておけば良いんだと思っていると思わぬ失敗をすることがあります。 5.要領よく、敏速に。そのためには頭を使わなくてはいけないんです。例えば建仁寺の四頭茶会で配膳さんが点心作りをされた時のこと。二段重ねのお弁当に蝶の抜き型で抜いたご飯にゴマが振りかけられ、たくあんが添えられていました。その盛り付けを6人が絡まり合うように作業をしていたのですが、配膳さんは「人数をかければ速くいくもんじゃない。ご飯をよそう者が一人、型を抜く者が一人、後の一人が薬指でゴマをつけて親指と人差し指でたくあんを置けばそれで済む。3人でできるじゃないか」と人の動線を考え、お膳を出しやすいようさばかれたのには感心しました。 合理的で能率よくやるためには工夫しなければいけませんが、知恵を絞ることは大変面白いことです。漫然とやっていては知恵は出ません。漫然とやるとつまらない単純な仕事も、工夫して知恵を絞ると面白くなってきます。リズム感を与え自分で仕事を面白くする工夫も大切だと思います。 6.これまで「見様見真似で人のすることを見て盗む」というのが日本の考え方でしたが、これからは口で言って伝えなくてはいけないと思います。実際にその場でやって見せたり、相手にやらせて「それはそうじゃない」と体験させて覚えさせないと、これからは難しいでしょう。特に和風の接客技術は非常に感覚的でマニュアル化しにくいのです。 「日の名残り」という映画がありましたが、接客という点から見ると面白いと思いました。英国貴族に2代にわたって仕えた執事の物語ですが、いかに主人に仕え、宴会を取り仕切って人をもてなしてきたかが如実に表されています。宴会があるとナイフとフォークの位置をいちいちスケールで測るんです。もてなしの本質的なことは変わらなくても、洋風の接客技術は数値で測れるところが多くマニュアル化しやすいのだとつくづく思いました。 私は、配膳さんを通じていろんな日本の生活、文化の奥行きの深さを学びました。京都のもてなしには美学があり、一挙手一投足の中に繊細な気遣いと、ある種の美しさがあって素晴らしいと思いました。今の日本はせちがらくなって殺伐とし、配膳さんのような優雅で余裕のあるもてなしや接客がどんどん消えていきます。やがて京都のもてなしも潤いがなくなると思うと大変寂しい思いがいたします。ですから、温かい人の気持ちが通い合うようなさりげない心遣いをもてなしの中で表現していただければ、京都の伝統的なもてなしの文化は必ず伝わっていくものだと思います。 (平成10年1月21日講演より) |
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講 師
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笠井一子 |
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