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昭和5年初代が創業 昭和30年代に北白川の創業の地から現在地へ移転し、すき焼き店と精肉の販売を併設して事業をはじめる。昭和44年会社を設立。平成16年大西雷三氏が3代目として、代表取締役社長に就任した。 お客様の信用・信頼を確保することを第一に、豊かな食生活を通して社会貢献をしていくことを経営理念に積極的な事業展開を図った。そして、社員には物心ともに豊かにならなければならないという意識改革を推進していった。
平成8年に大阪府堺市でO-157の集団食中毒が発生、牛もこの菌を保有する可能性があるため、徹底的な安全対策のために認証の取得に挑戦した。
現在、京都市内に11店舗、滋賀県内に7店舗の小売業を展開。「おかげさまで」の心を忘れず、社員一人ひとりが、つねにお客様への感謝の気持ちで、顧客満足をさらに一歩進んだ感動としておとどけするために日夜精進している。「地元に役立ちたい、地域に貢献したい」の企業理念が浸透し、「商店から企業体」への変革の強い思いが形となって表れてきている。
村沢牛は信州・長野において、村沢勲氏が肥育。こだわりの飼育方法と豊かな環境から生まれる。血統を三代先まで遡って調べ、そして、24ヵ月〜27ヵ月の時間をかけて、1頭1頭の体調にきめ細かく気を配りながら、じっくり丹念に肥育されている。銀閣寺大西は、その村沢牛生産者の名前から付けたブランド名に魅せられ生産者と共にブランド化を推し進めてきた。小売部門での売れ筋は村沢牛が中心である。その厳選され、きびしく吟味された超高級和牛の村沢牛はマスコミにもとりあげられ、確固たる地位を確立しつつある。まさに食文化創造提供企業としての自信と誇りを実感することができる一品といえる。 創業者は商売が好きで、いろんな事業を手がけていたという。その血が引き継がれているのであろう、現社長も極めて商売好きで前向きである。かつて使っていた店名「銀かのこ」を復活させる焼き肉店を滋賀県栗東市に平成19年6月にオープンした。将来的には地元の京都に造りたい。企業人としての将来が楽しみな大西社長である。また、食肉の上流から下流まで事業展開し、無限のフィールドに挑戦していくという。この心意気により事業展開していくことで、大きな果実をもたらすことが約束されているように思われる。 |
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株式会社銀閣寺大西 |