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毎年、京の師走には、東西の歌舞伎役者が勢揃いし、恒例の顔見世興行が行われます。
この興行は、江戸時代に役者との契約が年棒制であったため、今年の芝居は、これこれの役者で務めますとのお披露目で、現在の「吉例顔見世興行」へと変遷して来ました。
お披露目の東西役者の名前をヒノキ板1枚1枚に書き込む「まねき書き」がおわり、「まねき」が掲がると京に師走招く足音を感じます。 
「京の師走は顔見世から・・・」とか、心のゆとりの表現として、「顔見世を観ないことにはお正月が来ない・・・」とも云われるほどに、京都人に密着し、師走の忙しい最中に時間等をやりくりして、顔見世を見に行くことが京都人にとっての一つのステータスであり、一刻を夢の世界で遊ぶ喜びが誇りでもあります。
しかし、実際には顔見世を観ている人は限られた人たちですが、たとえ観に行かなくても、今年は"成駒屋"と"播磨屋"とか、"松島屋"と"音羽屋"だとか、あるいは今年の演(だ)しものは楽しみだとか言って、話題となり、京の巷(ちまた)では、顔見世のことを気にかけている様子がうかがえます。まさに、歳末の京の風物詩です。
年の瀬を華やかに飾る年中行事「顔見世」が千穐楽になると、京の町は正月支度に移り、一層あわただしくなります。


「まねき」とは

京都の歳末の風物詩「顔見世」に出演する東西の歌舞伎役者の名前と家紋を、長さ180cm・幅32pの庵看板と云われるヒノキ板に、筆ですき間なく大書された「招き看板」です。
「勘亭流」と呼ばれる力強い書体は、独特の丸みを帯び「隅から隅まで観客で埋まり、大入りになる」縁起物。江戸時代からの伝統を受け継いでいます。
なお、この「まねき」が二枚目(主役)・三枚目という言葉の語源ともなっているようです。因に一枚目は座主を表わします。


歌舞伎の由来

歌舞伎は、1603年、出雲の巫女・阿国が華美な男衣装・帯刀の異様な姿で、「かぶき(傾奇)踊り」を披露したことに始まり、そのルーツは念仏踊りに遡ると云われています。
1603年は、江戸に幕府が開かれたとはいえ、まだまだ混乱の時世、傾奇踊りは異様ではあるが今までにない新鮮さもあり、次第に庶民の間で人気を得て、流行するが、風紀の乱れを理由に禁止されたりします。
傾奇は、当初の単なる話題性から、演出の魅力をもつ物語性のある演劇へと移りかわり、種々の変遷を経て、今日の歌舞伎へと受け継がれています。


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