2000 DECEMBER
NO.302
KYOTO MEDIA STATION

特集
21世紀のケータイ産業の方向性と可能性を探る
〜ケータイ産業文化研究会報告〜

ケータイ産業文化研究会
■座 長 
今井 賢一
 
    (スタンフォード日本センター理事長、
      京都府中小企業総合センター所長、I T戦略会議委員)
■事務局 
(財)京都産業情報センター
      TEL.075-315-8677 FAX.075-314-4720


京都府一帯では、京都市南部から関西文化学術研究都市にかけた府南部地域一帯で、情報技術(I T)関連企業を集積する「I Tバザール」構想を打ち出している。この構想の実現に向け、京都を中心に活躍する約50の企業・団体、研究機関の連携のもと、携帯電話など情報端末技術に関連する新産業創出を目指して、「ケータイ」産業文化研究会が発足した。
今年9月21日には、京都リサーチパークにおいて第1回研究会が開催され、(株)NTTドコモ関西、京セラコミュニケーションシステム(株)、三菱マテリアル(株)の担当者による講演会が開催されたのを皮切りに、10月25日には関西文化学術研究都市においてケータイ産業の未来についてのシンポジウムが開催された。 今回は、第1回および第2回の研究会の内容を要約して紹介する。

携帯電話の出現がコミュニケーションを変える

3つのコミュニケーション革命
     I T革命には「産業革命」「コミュニケーション革命」「コントロール革命」という3つの側面 があるが、携帯電話の出現はコミュニケーションのあり方そのものを大きく変容させたといえる。では、具体的にどのように変わったかというと、まず1つ目の要素として、電話はもともとビジネスなどに使う言語コミュニケーションだったが、それに対して「非言語的コミュニケーション」、つまり自分の気持ちを伝えるものに変わりつつあるという点だ。これまで通 信というのは、いかに効率よく相手に要件を伝えるかという視点から技術開発が行われていたが、まさに携帯電話はコミュニケーションをエンターテインメントに変えるメディアとして進化しつつある。
     2つ目の要素は、「没入型コミュニケーション」に変容していくということ。没入には、相手から送られてくる情報を受けるだけの没入と、こちらが対象に積極的に働きかける没入の2種類あるが、携帯をはじめとする最近のメディアは、気持ちが伝わって自分が相手に働きかけることができる、「能動型の没入」を満たしたメディアといえるだろう。
     3つ目は、「常時接続型コミュニケーション」であるということ。従来の通 信は、自分が考えたものを相手に送るという形だったが、今ではコミュニケーションをしながら自分の考えを整理し、相手の考えを知るという形に変容しつつある。今後は、リアルタイムで情報を共有し、リアルタイムで情報がつくられていくようになるだろう。まさに携帯は、新しい人類、新しい社会を生む可能性を秘めているコミュニケーションツールなのだ。


現代の若者がコミュニケーションの舵取り役に
     携帯電話が社会に登場して以来、街の風景がずいぶん変わったといわれる。電車やバスなどの公共空間で、会話やメールを楽しんでいる人の姿を見かけることも珍しくない。特に現代の若者は、携帯を単なる電話として考えるのではなく、まったく別 のコミュニケーションツールとして捉えているため、自分たちで新しい使い方をどんどんと生み出し、ある意味においてコミュニケーションの「ドライビングホース」(舵取り役)を担っている。たとえば「ワン切り」というのは一瞬だけ鳴らして切る、いわゆる挨拶代わりのメールだが、こういうマナー的な使い方がどんどんできていて、電話の延長としてビジネスユースオンリーに携帯を捉える世代との間に大きなギャップが現れつつあるのも事実だ。
     かつて私たちは、新聞などさまざまなアナログ情報を通して、自分が全然興味のないものと触れ合う機会があったが、いまや情報化が急速に進展し、そうした部分が非常に狭くなってきている。街での遊び方や友だちとの付き合いなど、自分の気持ちのいい関係を維持できるかどうか、そういう部分の判断が基準になっていて、それ以外の人間関係はどんどんと疎遠になっているのだ。携帯電話が登場して10年あまり、実はまだいい点も悪い点も判然としていない。何か新たな問題が出てきた場合、そこをどう埋めていくのか。次のビジネスチャンスは、案外そんなところに待ちかまえているのかもしれない。

携帯のナビゲーション・サービスを観光に活用
     京都の将来を考えていく上で、「観光」問題がクローズアップされることが多い。日本に観光に訪れる外国人は、年間わずか350万人。京都においては減少傾向にある。I T戦略で抜けているのは、日本という国に人やお金が流れるような仕掛けづくりだといわれるが、いわゆるナビゲーション・サービスの一つである携帯を活用した集客システムを構築していくことが期待されている。
     観光のだいご味は、お仕着せのルートを回るのでなく自分で探し歩くことにある。たくさんのガイドブックが出版されているが、実際に現地を訪れると情報が大きく変わっていることも多い。全体的な情報を網羅しながら、かつ最新の生きた情報を携帯のコンテンツに提供していくためにはどうしたらいいか。今後のマーケティングを考える上で、たとえばその場に近づけば近づくほど新しい情報が入ってくるような新たなシステムづくりが重要なポイントになってくるだろう。すでにハワイのツアーなどでは、携帯貸し出しサービスなどが当たり前に行われているが、観光客が京都の社寺を訪れたとき、携帯から英語の解説が流れてくるようなシステムができれば、今までとは違ったコミュニケーションの広がりが生まれるはずだ。

人間とコンピュータが役割分担した集客システム

     その一方で、こうしたI Tシステムのすき間に、もっと人間が入る余地をつくるべきだという議論もなされている。関西文化学術研究都市(けいはんなプラザ)にあるATR知能映像通 信研究所では、たとえば京都の先斗町などのCG(コンピュータ・グラフィックス)を研究所内に設置して、VR(バーチャル・リアリティ)でウォークスルーしながらどこかのレストランに入ると、実際のレストランのマスターがオンラインで対応してくれるというユニークなシステム開発を進めている。すべてをAI(人工知能)に任せてしまうのではなく、このように人間とコンピュータが役割を分担させながら対応していくような温かみのあるシステムが見直されているのだ。
     メールの場合、その個人に向けたメッセージに何か一言添えられていないと、何百人にも同時に送ったようなものはすぐに消去されてしまうだろう。観光の場合もまったく同じで、ハートフルな温かみを伝える仕組みをどのように集客に結びつけていくか。案内や情報にアクセスできるという双方向性、同時性があるようなものがあれば非常に面 白くなるに違いない。現在の携帯の持つ機能やコンテンツ、VR、すでにあるガイドブックなどをもう一度整理し直したガイドシステムを総合的に確立していくことが期待されている。


高齢社会に期待される「ケータイ」の役割とは?

     (財)京都SKYセンターでは、約1年前から高齢者を対象に、モバイルの活用方法などについてアンケート調査を進めてきた。その結果 、パソコンに積極的に取り組んでいる人で携帯を持っているのは、80名中13名(約16%)。インターネットをやっている人で携帯を持っているのは、140名中11名(8%)。また、携帯を持っている人でも、自分専用だという人が半分、家族のものを使っている人が半分で、万一のときの非常連絡手段としてしか認識されていないという。
     また、携帯にどんな機能を望むかという質問では、病院や美容院の待ち時間情報がほしい、とっさの病気のときに症状に合った診療科のある病院の情報がほしいなど、生活に密着した情報を知りたいという意見が141人中85名(60%)を占めた。そのほか、付近のバス停留所への地図や路線図を知らせる情報、バスがいつ来るかというような情報など、自分が今いる場所から知りたいと考えている人は43%、電気やガスの消し忘れを確認できるシステム、ハイキングなどに出かけたとき、万一はぐれても居場所が分かるようなシステムをモバイルでできないかという意見もあった。
     さらに機械類に関する要望として、万一のときに家族や病院などと連絡が取れる緊急ボタン的なものがあればいいという意見や、ボタンではなくてタッチパネル方式で画面 操作ができないかという意見などが寄せられたという。いずれも潜在的なニーズが見え隠れしているもので、高齢化社会に向けた携帯電話の改善・開発の参考意見として見逃せない。


 
「ケータイ」の未来と産業技術

シームレス(継ぎ目のない)サービスが次世代の主流に
     コミュニケーションというのは、人それぞれのワークスタイルやコミュニケーションを行う環境によって左右されるというのが従来のスタイルだった。しかし、携帯電話、つまりモビリティーが通 信に加わることによって、その場に居ながら重要な情報にアクセスできるようなサービス環境が整いつつあり、オフィスとホームの境目がなくなってきている。今後は、複数のシステムやサービスが融合して、いかにパーソナル・カスタマイズに応じたサービスを継ぎ目なく提供できるかということがポイントになってくるだろう。
     さらに大切なのは、I P(インターネット・プロトコル)技術の発達だ。このI Pがすべての通信システムで使われるようになり、かつアプリケーションそのものも I Pに乗せられた形で提供されている。現時点で、すでに公衆電話回線網とI Pネットワークはお互いにつながっているが、2005年あたりになるとI Pが音声を含めてすべてをサポートしていくようになると予測されている。
     こうした背景を鑑み、携帯通信企業のノキアでは「モバイリング・インフォメーション・ソサエティー」というビジョンを提案している。現在、主にインターネットで提供されているコンテンツやアプリケーションの中に、モビリティーを持ち込むことによって新しい変革を生み出そうとする考え方で、「コンテンツ」「アプリケーション」「モビリティー」の概念を合体させたものだ。既存の音声提供型サービスではなく、データ通 信とインターネット上のモビリティーを中心に据え、さまざまな携帯のモバイル端末をシームレスにつなぐ次世代型サービスとして注目したい。

あふれる情報の中で重要視される「検索」技術  

     将来的にネットワークの制約がなくなり、さまざまなシステムがつながった世界においては、モバイルに必要とされる技術はオープン・スタンダードが基本になってくる。つまり、今まで携帯や通 信機器を供給してきたメーカーは、インフラを持っていること自体の価値がなくなってくるのだ。インターネットの分野では、すでに接続料金が非常に低額なサービスが提供されているが、同じようなことがモバイルの世界においても進むことが予想される。
     今後、用途に応じてさまざまなモバイル端末が出てくるが、サービス側としてもいろんなタイプの機器に応じた情報を、いかにインターネットの世界から選択して提供できるかが求められている。中でも、私たちが多くの情報に接したときに、自分が本当に必要とする情報を的確に取り出せる「検索」の技術は、より緊密化されたネットワーク社会においてますます重要視されるだろう。現在はPCでインターネットにつないで検索できるが、それだけのコンピューティングパワーを携帯電話は持っていない。今後のビジネスの方向性を考える上で、アクセスの時間はなるべく早く、なおかつ個別 のニーズに合った情報を提供できる仕組みを考えていくことが1つのポイントとなるだろう。


京都をハイテク産業都市へと導く「I Tバザール」  

     京都府では、京都市南部から関西文化学術研究都市一帯にかけた府南部地域に、携帯電話など情報端末技術に代表されるハイテク情報企業を集積させ、そこから21世紀の京都産業を実践的かつ立体的に築いていこうという構想を持っており、昨年9月から産・官・学の連携のもと「I Tバザール」の取り組みを進めている。
     現在、世界のモバイル・ワイヤレス企業は神奈川県横須賀市に集中しているという現状があるが、こうした京都府の取り組みが日本の新しい産業モデルになり得るか大いに注目したい。
     特に、京都には『任天堂』に代表される新しい遊びの文化、また『村田製作所』などが手がける携帯電話のすぐれたコンポーネント技術など、さまざまなハイテク技術基盤が醸成されている。今後、自由にコンテンツやアプリケーションが提供できる社会が到来したときこそ、京都ならではの真価を発揮するときではないだろうか。


「組み合わせの経済」が中小企業を活力化  

     世界はニューエコノミーに動いている。そのポイントは、「組み合わせの経済」であるという。つまり、すでにいろいろな技術やコンテンツが揃っているが、それらを組み合わせたパッケージをいかにつくるか、最近ではビジネスモデルというが、新しい組み合わせをつくること自体がニューエコノミーの根幹になっているのだ。
     ただ一つ、さまざまな要素技術やコンテンツがバラバラに進められている問題があるが、これからの時代は、いろんな組み合わせが存在すること自体がドライビングホースになって動いていくに違いない。たとえば「I Tバザール」のようなすぐれたプラットホームやポータルが基盤となって、そこでさまざまな情報を得ることができるシステムを考えていくことも必要になってくるだろう。モバイル情報社会の中で、さまざまな要素をもう一度組み合わせる必要があるとするならば、これはまさに中小企業の出番といえるわけで、そうした意味からも「ケータイ」を核とした産業文化の発信基地、京都の役割に大いに期待したい。

【事例1】
有望視される位置情報関連ビジネス
 21世紀に有望視されている携帯ビジネスの1つが、「位 置情報関連ビジネス」といわれるもの。具体的には、自分が知りたい情報や行きたい場所をナビゲーションしてくれたり、自分の子どもが学校の帰りにどこに行っているか、あるいはお年寄りが今どこにいるのか知りたいというような、他人が知る情報を提供してくれるサービスのことだ。このように、本人が知る情報や他人が知る情報を「地図情報」と組み合わせてサービスを提供しようというもので、NTTドコモ関西では「ドコモ・ロケーション・プラットホーム(DLP)」というシステムを構築して新しいビジネス環境を提案している。
 さらに、最近注目されているビジネスとして「テレメトリング」がある。従来は機械の遠隔監視に使う技術だが、針金やさまざまな操作線を結ばなければならなかったため、コスト的なデメリットがあった。その1つの解決策として、「モバイルアーク」というパケット端末を使うことによって、たとえば自動販売機の釣り銭の状況や、機械の故障の有無など、適時情報をやりとりできるようになった。中身のデータを入れ込んでそれを管理すれば、人間が機械をいちいちチェックする必要はなくなるというわけだ。

【事例2】
携帯電話を利用した予約注文サービス
 全国に寿司店をチェーン展開している「小僧寿し本部」では、京セラコミュニケーションシステムのコンテンツ配信サービス「D@TACenter」を利用し、新しい携帯電話の予約注文サービスを行っている。データセンターには、小僧寿しの顧客情報や購入履歴、注文の予約情報、商品情報などが蓄積されており、ユーザーが小僧寿しのURLを入力、最寄りの店舗を探して、自分の好きなお寿司を予約してOKを押すとセンターのほうに情報が送られる仕組みになっている。小僧寿しでは、各店舗に1台のEZ端末を設置しており、それを利用して顧客情報を管理するという一種のイントラネット端末として携帯電話を位 置づけている。

【事例3】
携帯技術にプリクラのコンテンツがプラス
 「サイバード」という携帯向け大手コンテンツプロバイダーが手がけている、プリネットシステムも、最近注目されているサービスだ。いわゆるプリクラのバージョンアップ版で、プリクラ自体がNTTのOCN経由でインターネットにつながっている。たとえばiモードの場合、「プリネット」というコンテンツにアクセスして会員になると、写 真とともにパスワードとIDが一緒に発行されるので、それらを入力すればサーバー内にある自分の写 真を見ることができるようになる。もちろん、それをダウンロードして壁紙として使うようなことも可能だ。また、携帯端末から同じ趣味を持った人たちの写 真をお互いに見ることもできる。一種の出会い系のコンテンツともいえる内容で、iモードに続いてEZwebのほうでもサービスが開始される予定になっている。2001年から日本で「IMT-2000」という新しい移動体通 信規格がスタートするが、今後は画像のデータベースを活用した次世代型のサービスが主役となっていくことが予想される。

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