2000 FEBRUARY
NO.292
KYOTO MEDIA STATION

特集
使いやすさをテーマに新たな市場をめざす
−広がるユニバーサルデザインの可能性−

    高齢社会の到来と福祉に対する意識の高まりの中、従来のバリアフリー(障壁除去)という考え方をさらにおし広げて、誰にとっても使いやすく便利な商品・サービスを世に送り出していこうという動きに注目が集まっている。その基礎となる考えをユニバーサルデザインといい、社会のさまざまな場面で新たなニーズを生み出そうとしている。
ユーザーを限定しない新たな設計コンセプト
モノが売れない時代の中で、ユーザー側の視点からさまざまな商品・サービスの見直しが活発化している。中でも注目を集めているのは、高齢者や障害者など身体的なハンディのある人々と健常者との垣根を取り払い、誰にとっても使いやすいものを目指そうとする「ユニバーサルデザイン」の考え方だ。
通産省が選定している「グッドデザイン賞」に1997年度からユニバーサルデザイン賞が新設され、98年にISO(国際標準化機構)が設置した高齢者・障害者のニーズに関するワーキンググループにおいて、商品、サービスの基本原則としてユニバーサルデザインとアクセシビリティー(使いやすさ)があげられるなど、国内外で主要な開発テーマとして認知されるようになってきた。
また、実際にこうした考えを取り込んだ商品は、日用小物、サニタリー、家電製品、OA機器、趣味・スポーツ、交通・公共サービスなどの分野で、すでに広く浸透しつつある。グッドデザイン賞の受賞製品をみると、座ったままの姿勢でシャワーが浴びられる松下電器産業(株)の「座シャワー」(1997年度)から妊娠中の女性が快適に着こなせる(株)ワコールのマタニティーインナーウェア「ラコント」(1999年度)まで、その対象とされる範囲は実に幅広いが、いずれも特定の身体的・感覚的な条件を持つ利用者が使いやすいように配慮したものであるという点で共通している。これらは「ユニバーサル商品」とも呼ばれ、高齢者や障害者を中心に着実にユーザーの支持を集めつつあり、それ以外の人々にとっても使いやすく考慮されたものも多く存在するため、近い将来には製品開発における一つのスタンダードとなりうる可能性を秘めているといえる。

バリアフリーへの意識の高まりから
もともとユニバーサルデザインというコンセプトは、高齢者や障害者の利用を考慮して公共建築物や交通手段、住宅などを整備しようというバリアフリーの考えから発展したものだ。
2015年に人口の25%が65歳以上の高齢者になると予測されることから、バリアフリーの必要性はますます高まり、加齢による運動や感覚などの機能低下を補う福祉機器・用具などについても、同様に見直しが進んでいる。
しかしながら、バリアフリーの考えをそのまま商品・サービスに反映させた場合、高齢者や身障者に利用者を限定した特別なものになりがちで、それ以外の人にとっては利用しにくいことも多い。このため、コスト面や市場確保の面で常にハンディを背負うことになるというのが、事業化に向けての大きな課題だった。
そこで登場したのが、はじめから利用者にとって障壁のないもの、障壁を感じさせないものをつくり、ごく一般的なものとして多くの人が使えるようにすればいい、という設計思想、つまりユニバーサルデザインの考え方だ。
バリアフリーは主に福祉分野からアプローチされることが多かったが、ユニバーサルデザインはこれを促進するための製品開発コンセプトとして、市場原理に立った企業活動の中での展開が期待されている。身障者や高齢者だけでなく、健常者や若年層なども含めて一般的に使えるものであれば、需要も広がって価格を安く抑えることができ、対象となる市場も広げられるからだ。つまり、ユニバーサルデザインを取り入れることは、ユーザー本位の設計、顧客満足を追求することだともいえる。この考え方が浸透していけば、世の中に存在するほとんどの建造物や製造物などについて、その基本設計が見直されることになるだろう。
ユニバーサルデザインとは、「出来うる限り最大限、すべての人に利用可能であるように製品、建物、空間をデザインすること」と定義され、次のような原則が掲げられている。

●ユニバーサルデザインの7原則
    a.誰にでも公平に利用できること
    b.使ううえで自由度が高いこと
    c.簡単で直感的に分かる使用方法となっていること
    d.必要な情報がすぐに理解できること
    e.うっかりエラーや危険につながらないデザインになっていること
    f.無理な姿勢や強い力なしで楽に使用できること
    g.接近して使えるような寸法、空間(使いやすいサイズとスペース)になっていること
一般向け製品にも広く浸透
ユニバーサルデザインの適用範囲はさまざまな分野、利用対象に及ぶが、最先端の商品開発ばかりでなく、一般に利用されている既存品の見直しにおいてもそのコンセプトを生かすことが可能となる。
バリアフリー商品の開発と普及に取り組んでいる任意団体、(財)共用品推進機構では、ユニバーサルデザインの普及に向けてのステップとして、存在する障壁を可能なところから除去していくために「共用品」の開発を提唱し、実践している。福祉機器・用具といった特定利用者の「専用品」だけでなく、一般向けのの器具や用具についてもバリアフリーデザインにしようということだ。
その代表的なものとして、フタの部分などにリンスの容器と区別するためのギザギザが入ったシャンプー容器、切り込みの形態によって種類や残りのポイントを識別できるプリペイドカード(電話・乗り物・買い物)などがある。これらは、主に目の不自由な人が利用しやすいように配慮されたものだが、障害がない人にとっても便利であり、そこに新たな付加価値を生み出していることが特徴だ。さらに身近な例では、コンピュータのキーボードの「F」と「J」の位置や、テレビやビデオなどのリモコンのチャンネルボタン、電話機の数字キーの「5」の位置に凸状の印をつけるなど、以前からある工夫もまたユニバーサルデザインに含むことができる。
高齢者や障害のある人だけを対象にした専用品は市場が比較的小さいため、企業側からみればマーケットの魅力に乏しいことが難点となる。需要者側からみても、商品やサービスの選択肢が少ないこと、価格が高くなりがちなこと、一般の汎用品に比べてデザインが限られたものになりがちであることなどが問題点としてあげられる。
これに対し、共用品のメリットとして、企業にとってはターゲットとなる市場が広がり、スケールメリットが追求しやすくなること、顧客にとっては価格が安くなること、商品の選択肢が多くなることなどが予想される。
共用品はユニバーサルデザインへとつながっていく視点であり、そのコンセプトには、
    ・これまで専用品であったものを健常者にも使えるようにする
    ・一般品に配慮や工夫を加えることによって高齢者や身障者にも使えるものにする
 という2つの流れがある。前者の場合、例えば介護用ベッドの機能(上半身部分を起こす)を残しながら、健常者にとっても使いやすいようにデザインすれば、一般にも受け入れられやすくなってコスト高などの問題点を緩和でき、より大きな市場をターゲットに事業拡大が図れるといったことが考えられる。
後者の場合は、身をかがめなくても商品がとれるように腰の高さに取り出し口をつけた自動販売機など、日常で一般的に利用されている商品・サービスに高齢者や身障者への配慮を加えることによって、それ以外の人にも利便性を提供していくことになる。こちらは前者に比べるとすでに一定のマーケットを確立しているものが多く、基本的にはすべての商品・サービス分野が対象となる。
ユニバーサルデザインへの認識が広がるにつれて、既存商品の見直しの需要がさらに高まっていく可能性は大きいといえるだろう。

社会に求められる事業テーマとして
 企業にとって共用品=ユニバーサルデザイン商品の開発は、社会的貢献の一環としても、新たなニーズに対応した商品開発としても位置づけが可能だが、両者を明確には区分せず取り組む場合もあるだろう。
企業による社会的貢献の形態は、時代とともに変化している。例えば80年代は、スポーツや文化活動に対する支援、いわゆるメセナ活動が盛り上がりを見せたが、バブル経済の崩壊とともに下火となった。これに対し、90年代後半から脚光を浴びはじめた環境ビジネスやシルバービジネスは、事業を通じた社会的貢献とも呼べるものであり、ユニバーサルデザインをこのような流れの中にとらえることも可能だろう。
ただ、ユニバーサルデザインとは基本的に製品開発を前提とした設計思想であり、モノづくりのためのコンセプトである。生産に直接結びつくテーマだけに、どんな業種も具体的な目標を持って取り組め、普遍化しやすいともいえる。
成熟社会の到来によって、限られた分野を除いては新たな製品の需要を生み出すことが困難な状況にあるといわれ、一方では消費者ニーズの多様化で商品ライフサイクルの短縮化や1アイテム当たりの市場規模も縮小している。大企業にとっても、かつてのようなロングセラー商品、ヒット商品の開発や市場ニーズの掘り起こしは容易でなく、中小企業においてはなおさら、こうした活動に投入できる資金、技術、人材は限られている。
そんな中、これまでは限定された市場ニーズとして見られがちだった高齢者や身障者向けの商品・サービスという枠組みを取り払い、可能な限り多くの人々を対象にした製品開発をめざすという点で、ユニバーサルデザインというコンセプトの持つ意味は大きいといえる。
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