“レンズに眼を合わせる”に疑問 ――顧客個々の眼に合わせたコンタクトレンズづくり、いわゆる“カスタムメイド”の背景からお聞かせ下さい。 大橋 一般にコンタクトレンズはメーカーが既製品をつくり、そこからその人に合ったものを選ぶという手法をとっています。多品種少量生産の時代といわれながら、いまだに少品種大量生産の域を出ていないんです。しかし、眼は指紋と同じように、一人ひとりの形がすべて異なっています。ですから装用した当初は、視力に関しては満足いただいても、しばらくすると「痛い」とか「充血する」「涙が出る」などの苦情が出てくるわけです。コンタクトレンズは顧客の眼の個性に合っていて、安全快適で、そしてよく見えてこそ初めて価値があるのです。 ――ずいぶん初期の頃から携わってこられたのですね。 大橋 米国からいまのようなプラスチック製のコンタクトレンズが日本に紹介されたのは昭和32年。当時、私は大学を出たあと京都医師会事務局を経て眼科医に勤務していて、以来40年間、レンズの調整を行ってきました。最初は眼鏡をかけても視力が戻らない人が利用していましたが、値段も高くて、大卒の初任給が1万円ちょっとの時代に両眼で8,000円。患者さんはそれでも眼にそこそこ合っていれば我慢して使っていました。 コンタクトレンズは本来、眼にとっては“異物”であり、レンズに眼を合わせるのでなく、眼に合わせてレンズを調整しなければならないんです。その後、私はコンタクトレンズメーカーに移り、どのような状態の人がどのような訴えをしているかを調べ、その人に合わせてレンズの切削、研磨を続けました。やがて調子が悪いときにはこのように合わせればよい、という私なりの“公式”を見つけました。眼科医の会合で「コンタクトレンズ処方と苦情処理」について報告させていただき、それをもとに出版もしました。 ――それでどのような経緯から独立されたのですか。 大橋 調子の悪いレンズを直すサービスを無償でしていたところ、会社側はそれが余計な経費だとみるようになりましてね。それなら、初めから調整しながらつくるのが一番よいと考え、昭和46年、賛同した仲間5人と共同で会社を設立しました。 自動化ラインで本格提供へ ――レンズの調整からカスタムメイドへ、それにはなんらかのシステム化が必要になりますね。 大橋 まず眼科医院や大学病院から、当社のフォトケラトスコープを使って撮影した写真などが送られてきます。それをコンピュータで解析し、数値化して最適なレンズの形状、デザインを設計します。そのデータを工場にオンラインで送り、旋盤による加工、仕上げの研磨加工の全自動化ラインで生産され、眼科医に届けられる仕組みになっています。 おかげさまで平成6年に京都産業技術振興財団より優秀技術賞をいただき、昨年は新工場(京都市中京区壬生)が京都府知事指定のモデル工場に認定されました。また、患者さんのデータは半永久的に保存し、調整、研磨などのアフターサービスを無償で行なっています。 ―― 取引先の病院、カスタムメイドのレンズの出荷数はどのくらいになるのですか。 大橋 フォトケラトスコープは以前のタイプも含めると、全国の3分の2の大学病院で購入いただいています。取引のある眼科医院、大学病院は全国で約1,200カ所、年間約1万5,000枚のコンタクトレンズを出荷しています。既製品では対応できない“絶対適応症”の患者さんや、角膜移植後のコンタクトレンズの注文はほとんど当社にきます。このほか、白内障手術後の眼内レンズなども扱っています。 世の中で必要な存在なら… ――ところで、使い捨てレンズも出回っているなかで、カスタムメイドは経済的にペイしていけますか。 大橋 一人ひとりの眼に合わせて一品ずつですから、こんなに非効率なつくり方をしているメーカーもないでしょう。もっとも、この非効率性はいまに始まったことではありませんが…。出荷価格が高いのも事実ですし、営業サイドではその理由、カスタムメイドがなぜ必要なのかということから説明を始めなければなりません。しかし、将来的には量産の規格品に対し、ある程度のところまでは製造技術などの進歩で対抗できる可能性はあると思っています。 ――海外への販売についてはいかがですか。 大橋 海外にも絶対適応症の人が大勢います。インターネットなどを通して海外から注文を受け、世界各地に供給するということも夢ではないと考えています。 ――そうしたトップの思想、使命感が会社を引っ張ってこられたわけですね。 大橋 コンタクトレンズは生体に入れるものですから、どのようにすぐれた素材のレンズであっても、デザインがうまく合わなければ障害や苦情のもとになってしまいます。我々は設立以来、そういう点にこだわりをもって取り組んできました。世の中が我々を必要とするなら生き残っていけるでしょう。 さいわい社内には、勤務のかたわら京都府立医科大学から学位を取得した社員など人材も多くいます。必ずしもコンタクトレンズの分野だけにこだわらず、世の中のお役に立つことであればどんどん研究して伸ばしていってもらいたい…。そんなロマンを追い続ける企業が1つぐらいあってもいいのではないかな、と思っていますから。
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