1998 MARCH
NO.269
KYOTO MEDIA STATION
特集
今、求められている
リスクマネジメント

いまの時代、企業を取り巻くリスクはより多様化しているといっても過言ではない。自然災害の多くは“忘れた頃にやってくる”ものだが、経営上のリスクは常に周囲に存在している。事前に防いだり、損失を少なくするなどの手だてを講じるためにリスクについての認識を深め、経営戦略に結びつけていくことが必要だ。今回は、リスクマネジメントをはじめ経営に関する様々な分野のコンサルティングに携わっておられる(株)アール・エム・アイの井上 喬取締役研究所長(京都環境保全協会事務局長)の解説をもとにリスクマネジメントの基本的な考え方について紹介。また、新たな経営リスクを視野に入れた全包囲型リスクマネジメントについてもお話しいただいた。


元来、日本人はリスクに対する認識が薄く、身に降りかかってくるかもしれない不幸から目を背けようとする性向があるといわれる。企業においても、損害発生の可能性を事前に想定して措置を講じていくことの困難さなどから、リスクマネジメント体制が必ずしも十分に確立されているとはいえないのが現状だ。
リスクマネジメントは米国の保険の分野から始まったが、そのきっかけは1929年の大恐慌だったといわれている。日本では、それから約50年後の1978年に「日本リスクマネジメント学会」が発足。1980年には「日本リスク・マネジメント協会」が誕生し、正しい認識に基づくリスクマネジメントの普及を図っている。

■背景に経営環境の悪化
いつ経営を脅かされるような事態が生じるかもしれない不安定要因、それが企業にとってのリスクの本質であり、一言でいえば「リスクとは事業目標を遂行するうえで妨げになる、あらゆる障害」と定義することができる。
具体的には、大きく分けて企業の内部に根ざすものと、外部から顕在化するものがあり、さらに阪神淡路大震災など自然災害のような「純粋リスク」と経済破綻のような「投機的リスク」の2種類がある。経営体制そのものに内在するリスクについては、取り組み方いかんによって未然に防げるものである。外部から発生するリスクは、どのようにしても避けられないケースもあるが、直面する確率を低くしたり、被害を最小限に抑えることは可能だろう。
ところでなぜ、いまリスクマネジメントの重要性が高まっているのだろうか。これまでは企業が損失を被ったとしても、右肩上がりの経済成長のもとでは大きな問題として表面化することもなく、売り上げ拡大の中で消化されてきた。しかし、収益率重視、コスト意識の高まりといった具合に経営環境は一変。つまり、企業が持続的な発展を維持していくためには、利益を出すことと同じくらい、損失を予防することにもエネルギーを注ぐ必要が生じてきた。自社を取り巻くリスクを把握し、適切に対処していくことが、厳しい環境の中を生き抜いていくための条件として求められているわけである。
しかも、近年はリスクの中身にも変化が起こりつつある。一例をあげると施行後3年近くが経過したPL(製造物責任)法。「特にクレームもないので、もう対策は必要ない」として企業の関心は以前に比べて落ち着いてきた感もあるが、たとえ頻繁には起こらなくても、いったん発生すると深刻な損失の可能性があるというのが新しいリスクの特徴だ。

企業が直面するリスクの種類

企業内部から顕在化するリスク 企業内部に根ざすリスク
純粋リスク
(主に自然科学的要因)

・戦争、内乱
・火災、震災
・環境問題
投機的リスク
(主に社会科学的要因)

・不況
・政策転換、法律改正
・新技術の進展
・マーケットトレンド
・不良債権、関連会社の倒産
・PL法
・後継者問題、人事
・社員によるトラブル
・コンピュータ関連リスク


■「回避・除去・転嫁・保有」
経営者の間でよく聞かれるのは、リスクマネジメントが大切なのはよくわかるが何をしたらよいのかわからない、人手とコストを考えるとなかなか実行できないという点だ。しかし通常、危険なことに対しては、それを回避したり除去しようと考え、できないとなると何かに転嫁してしのごうとするもので、これは人間の本能に近いものといってよい。日常生活の中で無意識のうちにしていることを意識的に実行すればよいわけであり、あまりコストをかけずに実行できる処理手段としては、単純化すれば次のようなものが挙げられる。
「回避」 最初からリスクになりそうなことには手を出さない。例えば投機的なことはやらないで堅実な内部留保によって会社の資産を増やしていく。
「除去」 リスクの原因となる要素をあらかじめ除去してしまう。あるいは除去できないまでも潜在的なリスク要因をできる限り削減していく。
 「転嫁」 リスクになりそうなことを他の方法に転嫁して損失をカバーする。その代表例が保険。ただ、保険に加入することでリスク対策は済んだとしてそのまま放置するのではなく、保険の適正度もチェックしておく必要がある。保険以外では、取引上のトラブル発生時に損失を軽減するような契約書を作成しておくなどの方法もある。
「保有」 どんなリスクがあるかを認識したうえで保有することをいい、古くなって故障の可能性が高くなった機械を予算の関係で使い続けようというのがこれにあたる。
リスクマネジメントはまた、医療行為のプロセスによく例えられるが、病気を予防するための対策や、発病した際の病状をできるだけ軽減するための自己管理プログラムを構築することにほかならない。そして、それは決して大企業のみがやるべきことではなく、むしろ、事業領域がそれほど広くなく、組織も複雑でない中小企業であればこそ、比較的容易に作業に取り組めるともいえるだろう。
事業内容の多様化、複雑化、グローバル化を背景に、いままで経験したことのないようなリスクを背負うこともありうるのが現代社会。今後も企業にとって防衛しなければならない事柄が増えていくことが予想されるが、その中には当然、事前に避けられるものと、どうしても避けられないものがある。したがって、現実にはあらゆるリスクを考慮した対応策は不可能かもしれないが、リスクに直面することは企業にとってのマイナス要因ばかりをもたらすとは限らない。
米国では指導者は危機を逆にチャンスと考えるという。大きな被害が発生した際、政治家はいち早く現地に駆けつけて救援活動を指揮したり、声明を出したりする。それが大衆の支持率を高めるうえで効果があると理解しているからだ。リーダーの資質はリスクへの認識と対応によって問われ、その成否が企業の成長を左右するといえる。平時にはいまある経営資源をいかに守っていくかを常に意識し、緊急時にはリーダーシップを発揮してリスクをプラスに転じるために行動することが必要だろう。

電子商取引社会も視野に
今日のインターネット時代のビジネスシステム、電子商取引もリスクマネジメントの枠外ではない。ダイナミックかつドラスチックな“明”の部分もあれば、その対極には“実現のための課題”も残されている。これまでのペーパーベースのルールや取り決めでは対応が不十分な新たな現象、例えば個人情報の流出▽ネットワークへの不正侵入▽ネットワークの運用過失によるデータの消失▽知的所有権の侵害、などのトラブル発生が懸念されている。現在、法律面では慎重な議論が重ねられ、関連省庁やECOM(電子商取引実証推進協議会)でもワーキンググループで具体化への検討が進みつつある段階。グローバル・スタンダード(世界標準)の視点で、ビジネスや日常生活にどのような影響と変化をもたらすものなのか、併せてリスクも把握しておく必要がある。


■水面下の流れを知る
〜全包囲型リスクマネジメントのすすめ

(株)アール・エム・アイ取締役研究所長
京都環境保全協会事務局長 井上喬


リスクマネジメントに対する考えを整理するには、経営資源の今日的な解釈が出発点になる。
経営資源には3種類ある。まず、これまでのヒト・モノ・カネは企業の財産に関することであり、「保有資源」と呼んでいる。次に経営活動の軸でみると、製造のノウハウ、販売のためのマーケット、それから技術、いわゆる製・販・技の「開発資源」があげられる。さらにグローバル化の進展によって、情報・ロジスティクス(輸送)・標準という「利用資源」が新たに加わってきた。
利用資源としての情報の価値についてはここで改めて説明するまでもないだろう。輸送については、リスクマネジメントの視点から利用資源を見るためにも、船舶におけるオーバーパナマックスの例をよく申し上げている。近年、狭いパナマ運河を通らない環太平洋航路の利用が増えた結果、大型のタンカー、コンテナ船が就航するようになり、これらが接岸するには水深15m以上の港が必要になってきた。これをクリアするのに手間どった日本の港は弱体となり、日本近海におけるコンテナ船のハブ港の地位が神戸から韓国の釜山に移った結果、海を介する貨物事情は相対的に日本海側が優位となった。
また、標準というものを利用資源として見ると、ISO9000や14000を取得するかどうかが国際的に通用するかどうかの鍵の1つとなることが理解できる。「デファクト・スタンダード」と呼ばれるプライベート標準については、ビデオ規格におけるかつてのVHS対ベータシステムのサバイバルゲームのように、今後はコンピュータ関連の規格競争の激化を中心に、どの標準に属するかということがリスクを賭けた企業戦略の重要な選択肢となるだろう。
これらの障壁はいままでは中小規模の企業では真剣に検討されることは少なかったが、今後は経営リスクとして見落としてはならない。このように、企業の将来を見定めるには経営資源を拡大して理解したうえで、全包囲型のリスクマネジメントが必要になってきている。
では、経営実施のサイドでどこに着眼すべきか。従来、価格と品質と納期の点で勝れば生き残れるといわれたが、もはやそれだけでは十分とはいえない。いまや市場では不要なものがダブついて久しく、すでに足り過ぎているという「過足」の時代を迎えた。一番余っているのは飛行機と自動車だともいわれており、今後もこうした傾向は続いていくだろう。大きな変化がうねりとなって現れ、マーケットニーズからソーシャル(社会的)ニーズの時代へと根底が変わりつつあることを理解して欲しい。
では、そのソーシャルニーズとは何か。そのキーワードになるのが「環境・安全・節減」だ。自動車はガソリンと電気併用のハイブリッド車が注目を集め、百貨店の抗菌グッズ売り場はいつも満員、家電製品に至っては環境・安全・節減のすべてが開発コンセプトになっている。市場ばかりを見るのではなく、背景にある社会の流れにこそ目を向けなければならない。
結局、企業をどのように組み立て、守り育てていくか、また行動していくかという戦略としてのリスクマネジメントが問われてくる。それには先を見通したシナリオプランニングがどこまで描けるかが決め手になるだろう。
リスク対策の立案と実行にあたって、経営者に求められるものは何か。航海するのに水面上の波ばかり見ていてはおぼつかない。水面下に潜む暗礁にいち早く気づくことが大切だ。そのために必要なのが感性だと思う。感性とは、直感にもとづいた経験による「ひらめき」や、何が本物かを見きわめることをいう。科学万能時代の今日、この感性が忘れ去られようとしている。それは普段から意識して心がけなければ、物事のウラは見えてこない。そして、感性によってひらめいたことを理性で分析してまとめあげていただきたい。


経営資源の新しい見方
保有資源→
開発資源→製造販売技術
(仕入れ加工販売 )
利用資源→情報輸送標準



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