1997 APRIL
NO.258
KYOTO MEDIA STATION
特集
規制緩和で開ける株式公開への道
株式を公開する企業が増えている。かつては“大事業”であった株式公開も、規制緩和が実施されて一気に現実のものになりつつある。証券取引所・店頭市場の施策や新規公開の動向、そして株式公開へのプロセスをたどってみた。

“第2次上場ブーム” 京証
96年の1年間、全国8証券取引所に上場したのは79社(店頭市場経由の26社を含む)、店頭市場には114社が公開した。上場、店頭を合わせて204社が新規公開した95年に次ぐ高水準で、店頭市場は3年連続して100社を超えている。今年も200社程度の企業が新規公開する見込みで、今後数年間はニュービジネスの台頭、株式公開のハードルの引き下げを背景に大量公開が続くとみられる。
京都、滋賀に本社のある企業をみても、95年は京都証券取引所に4社が上場(うち店頭経由1社)したほか店頭1社、96年も上場は4社を数え、しかも23年ぶりに京証単独上場が現れるなど話題を呼んだ。今年は5社程度が株式公開を予定しており、さらに来年は「ベンチャー企業を含め10社前後が準備を進めている」(広瀬嘉行・京都証券取引所上場部長)という。
京証ではかつて、東証・大証などに第2部市場が開設された61年から64年にかけてオムロン、村田製作所、ワコールなど17社が上場。その後は毎年1社程度で推移していたが、ここへきて「現在は第2次ブームともいえる様相を呈している」(同)。
一方、証券会社の店頭で売買される店頭登録は、大蔵大臣の承認が必要な株式上場に対して、証券会社の業界団体である日本証券業協会が承認するだけでよく、株式公開の基準は緩やかだ。このため会社設立から10年足らずで公開にこぎつけ、若手の30〜40代のオーナー経営者が増えている。96年に店頭公開した企業で、設立から公開まで最短が4年11カ月、最年少経営者は31歳。産業構造の転換とともに、短期間に新たな成長産業を育成する環境が整いつつあるともいえる。


審査基準緩和で門戸開く
新規公開ラッシュの背景には、一連の規制緩和で各証券取引所と店頭市場の審査基準が96年初めに、ほぼ一斉に緩和されると同時に、設立後間もないベンチャー企業にも門戸が開放されたことが挙げられる。
京証では92年に「地域産業育成銘柄」制度を導入。昨年は上場基準の利益の額(実質基準で3億円程度以上)を形式基準並の5,000万円以上に緩和したり、赤字でなければ上場できる特則市場を新設、申請書類の簡素化を図るなどした。
また、店頭市場にも特則市場が設けられた。対象企業は「事業内容に新規性がある」「売上高に対する研究開発費の割合が3%以上」などが条件で、公開前の決算で利益を出していない、つまり赤字企業でも公開ができるようになった。発足して以来、これまでに公開したのは全国で2社にすぎないが、技術はあるものの資金がなくてまだ商品化に至っていないベンチャー企業にとって、赤字でも公開できる店頭特則市場は魅力的だ。
さらに未公開株の取引市場を整備しようという動きもあり、大蔵省は97年度中には証券会社に株売買の仲介を解禁、企業年金の一部と投資信託に未公開株への投資を認める方針という。

京証特則市場 店頭特則市場
上場株式数 上場時100万株以上 なし
株式数 100人以上 登録時50人以上
株式資本額 上場時3億以上
(直前期末債務超過不可)
登録時2億円以上
利益額 最近1年間に経常利益を計上 なし
利益配当 なし なし

資金調達力、人材の確保も
こうした“追い風”を受けて、日本経済新聞の調査(96年11月18日付)によると「ベンチャー企業の85%が株式公開をめざし、90年以降に設立した若い企業では46%が5年以内の早期公開を狙っている」というデータが報告されており、最近では会社設立時から店頭公開に焦点を合わせるベンチャー企業も珍しくないそうだ。
というのも、株式公開によって多様なメリットがあるからだ。事業の拡大には多額の資金が必要になるが、公開企業は不特定多数の投資家を対象とした増資や転換社債、ワラント債(新株引受権付社債)などが発行できるので、資金調達手段の幅がぐんと広がる。それによって安定的な資金が得られれば、長期的な視点に立った設備投資も可能になる。 また、創業者をはじめ未公開時代の社員を含む株主にとっては、流通市場で時価で売却できるようになるのも利点。経営努力の成果としてキャピタルゲイン(株式譲渡益)、いわゆる創業者利潤のほか、社員の資産形成を助ける狙いもあって公開前に「従業員持株会」が設けられることも多い。
それにも増して、知名度の向上、イメージアップによる有能な人材獲得への期待も大きい。京証へ持ち込まれる上場相談でも「経営者が公開を決断した理由の多くは人材確保にある」(広瀬部長)という。
メリットがある半面、もちろん義務も生じてくる。公開後はディスクロージャー(経営情報の開示)が求められ、「有価証券報告書」「半期報告書」のほか、業績予想、増資、主要株主の異動などについて迅速に開示しなければならず、事務負担が増えてくる。場合によっては、投機的取引や株集めに対する手だても必要になってこよう。


証券会社・監査法人がサポート
さて、株式公開までの道のりはどうなるのか。一般に企業が方針を固めてから公開にこぎつけるまでに最短でも3年かかるといわれる。株式を公開し不特定多数の株主が参入してくることに漠然とした不安感もある。準備作業としてやるべきことは山ほどあり、この間、パートナーとなって企業をサポートするのが証券会社や監査法人だ。
証券会社は公開専門の営業マンを配置して地元の有望企業を探していて、一連の業務の中核的な役割を担う証券会社が「主幹事証券」となる。その主幹事証券と連携して公開ビジネスを進めるのがベンチャーキャピタル(VC)で、第三者割当増資に応じることで資金調達や資本政策面から支援する。95年に施行された中小企業創造活動促進法では、自治体が創設したベンチャー基金などを通してベンチャー企業に投融資する道が開かれ、京都府もVCへの債務保証を行う“間接投資”に乗り出すなど、官民共同による支援体制が整いつつある。
公開準備にあたっては、主幹事証券の指導で収益力のチェックや資金調達の検討、株主構成を見直したりする。同時に監査法人の指摘を受けながら社内制度、とくに経理システムや内部監査体制の整備を進めていく。そうして公認会計士の監査を受けた後、株主総会を経て取締役会で公開を決議し、上場の場合は企業が証券取引所に審査を申請、最終的には大蔵大臣の承認を得る。店頭の場合は、主幹事証券が日本証券業協会に申請し、日証協の理事会で承認を得ることになる。
京証では90年から上場促進のために専任者をおき、個別に企業を訪問する一方、公開をめざすベンチャー企業グループに協力して、適切な情報開示をするための社内体制づくりなど具体的なアドバイス、指導を行っている。

私企業から公企業へ
長期安定資金の確保は企業の発展のためには不可欠であり、その有効な手段が株式の公開であることは多くの経営者の認識するところだ。そもそも審査基準が緩和されたのも、国内産業の空洞化が取りざたされ、新たに成長産業を育成する必要性が高まってきたからである。株式公開は資本市場から資金を調達するだけではない。新規事業法の制定によって、通産省認定のベンチャー企業にはストックオプション(あらかじめ決められた価格で自社株を買い取る権利)が認められた。これは公開をめざす企業の報酬制度として、人材獲得への強力な武器となる。
株式公開によって「私企業」から「公企業」へ、社会的な存在として内外に標榜することで、企業はようやく“成人”になるといわれている。そのためには資本政策、経営計画から人事戦略、帳票類の流れに至るまで、さまざまな要件をクリアしなければならない。公開準備作業は本業とは直接関係なく、「いやあ、うちはまだまだ」と敬遠される向きもあるが、公開をするしないにかかわらず、公開を視野に入れた取り組みをしていくこと自体が強固な企業体質をつくるトレーニングになることは確かだ。
店頭特則市場
公開した2社は、業務用ソフト開発会社(甲府市)と水晶発振用IC開発会社(東京)。両者とも実質的な創業は94年というスタートアップ段階で、前期決算は経常赤字だった。今後は公開企業も増える見通しだが、創業間もない企業が中心になるので、四半期ごとに経営状況を発表することが義務づけられている。

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