1996 DECEMBER
NO.254
KYOTO MEDIA STATION


特集

日本 と 京都
産業政策のこれまでとこれから

京都学園大学経済学部 教授
(財)京都産業情報センター 理事
波多野  進


1.今日の日本
平成不況の当初、私は、日本の生産力の堅実さからして、政策さえ誤らなければ、短期間で調整は終わるとみていた。
しかし、バブルがはじけたあとで、実は国民に知らされていなかった問題が次々と白日のもとにさらされるようになり、とくに行財政と金融面において日本の病理が深く広いこと、そして、その改革なしではグローバル化した世界経済に日本が対応できないことが明白になってきた。調整課題は、単に生産面だけでなく、日本経済の全面にわたっていたのだった。
さらに、いくつかの企業不祥事、阪神・淡路大震災、薬害エイズ問題、地下鉄サリン事件とオウム真理教などが赤裸々に示しているように、戦後約50年を経た日本社会を、政治、行政、経済、企業経営、教育など、すべての面において、あらためてつくりなおすことが課題になっている(「明治以来の」ではない。ここでは詳しく述べないが、明治国家は昭和10年代と30年代という2度の組織替えを経て、現代の日本国家に変質したと私は考えている。それが国家の体をなしていないことはすでに湾岸戦争の屈辱で明白であった)。
これはもはや経済をこえた問題である。この課題に誰が取り組むのかが今日の政治的問題の本質だろう。しかし、日本の国づくりのあり方が見えてこないので、構造的調整はいまだに進まず、今年1年の日本経済は、「緩やかな回復」といわれ続けながら、なお本格的な復調をみせてはいない。古い制度とそれに寄生するもののために、国民の潜在力が台無しになっている。

2.産業政策の課題
政策は混乱を極めている。地域に直接影響する分野でいうと、高齢者介護はどうするのか、医療はどうするのか、地域産業の空洞化にどう対処するのか。これからの都市づくりはどうするのか。選択可能性がさまざまに提示されても、一貫した政策体系をなすのかどうか。衆目の一致するところは何もない。
地域産業政策が都市政策と分離不可分であるという意識はかなり定着したようだが、今の行政制度の中でその意識をどのように現実に結びつけるのか、その方策はだれにもわかっていない。何がなんでも大規模店舗反対という中小商業者のエゴに対して消費者の利益を守りつつ、都市の空洞化と地域商業の沈滞を挽回する方策は、土地利用規制の強化という一点しかないと私は考えているが、その根本問題に有効に着手できる制度は存在しない。都市に立地する製造業の窒息に手がうてるのかも、確信がない。聞こえてくるのは「創造技術」「ベンチャー育成」の大合唱ばかりである。
おそらく今日のベンチャー育成策の中で、日本の制度の根幹に触れ、したがって有効性をもつのは、リスクマネーを提供するシステムと、大学改革であろう。
リスクマネー提供システムは、金融機関と証券市場の姿勢が問題で、その背後には税制の問題がある。
金融市場については、ようするに大蔵省が徹底的に規制緩和すること、そして預金者保護を保険機構の問題として処理することである。証券市場については、同じく徹底的な規制緩和を行って、投資家保護策は税制面の施策として切り離すことである。そして、リスクのある市場では、預金者保護策や投資家保護策よりも、情報開示が大切であるから、情報開示を怠った企業には重大な罰則を課すことである。
このようにして、本来のリスク・マネジメントを銀行や証券会社が自ら進んで行えるような環境を整備しなければいけない。日本の制度がそうなっていないことは、表向きの趣旨ではなく、実績でアメリカと比べてみるとわかる。創業から上場までの平均所要年数が、アメリカのNASDAQでは5年程度であるのに対して、日本の店頭市場では20年もかかっている。
創造技術とベンチャー育成のもう一つの根本政策は大学改革である。大学教育のあり方の改革だけでなく、大学での技術開発や基礎研究がそのまま起業に結びつくことを許容する制度が必要になる。特許の問題も一つであろう。産学協同を大学の義務として展開することも一つであろう。ここではベンチャー育成が経済政策では終わらず、文教政策や科学技術政策の問題になるが、そこに縦割り行政がたちふさがっている。

3.京都の産業政策
●花盛りベンチャー支援策
京都でも、ベンチャー育成策が課題となり、行政機関や経済団体からさまざまな提案が行われているが、先にふれたように、リスクマネー提供と大学改革の二つが実は本質的改革である。国レベルで先にふれたような制度を整備していく以外に、地域社会でできることとしては、リスクマネー提供システムでは、個人的にやることが残るのみである。余裕のある個人がポケットマネーを集めて、ボランティア・ベンチャーキャピタルをつくることである。リスクマネーの提供は本来の公的システムになじまない。
大学改革の面でできるのは、地域レベルでの産学交流のイベント程度であろう。これは京都工業会を中心に継続して行われるようになった。
これ以外に、行政面での低利資金や事務所の提供、技術支援、人材供給、はては経営指南などが取り上げられているが、すべて枝葉末節の問題のように思う。こういう施策は行政がやるべきことかどうか、その意義と限界を洗いなおす必要がある。そもそも、そんな支援策をあてにするのは、とうていベンチャーとはいえないのである。
低利資金の提供は日本の伝統的な中小企業施策であるが、すでに時代遅れであり、見直しの時期にきている。行政の担当者が融資目標を達成するために、企業をまわって借りてくれと頼みこむようでは人材と資金のムダである。
経営指南や人材供給、技術研修などは民間のコンサルタントや専門学校に対する民業圧迫である。ベンチャー・インキュベータも、行政の直営より、不動産会社に対する補助金なら意味があるかもしれない。
また、行政機関としての工業試験場などは、研究官が開発をした技術をもって独立することを認めるなら、技術支援策として意味がある。さもなければ、地域の技術コンサルタント会社として民営化するべきではないか。

近畿地域における成長分野と産業将来像
成長12分野 近畿地域における産業将来像
1 住宅関連 プレハブ住宅ノウハウ集積、リフォームビジネスのメジャー企業輩出、輸入住宅産業の先導的拠点
2 医療・福祉関連 医療・福祉の最先端の研究開発、在宅医療・介護サービスの開拓
3 生活文化関連 歴史遺産・ハイテク施設とのトータル観光産業、新ライフスタイル創出産業の集積
4 都市環境整備関連 新都市開発産業、防災福祉環境配慮都市整備産業、総合都市情報ネットワーク整備産業
5 環境関連 環境プラントノウハウ集積、クリーンプロセスのアジアへの移転、地球環境保全の先導的研究開発
6 エネルギー関連 太陽電池研究開発と生産、地域エネルギー供給基盤整備産業、廃棄物発電エンジニアリング
7 情報・通信関連 高性能情報・通信機器研究開発、情報発信ネットワーク活用サービス開発、コンテンツビジネス
8 流通・物流関連 高度物流産業、ベイエリア等における流通新業態
9 人材関連 人材関連の新ビジネスの先導拠点、クリエーター育成ネットワーク
10 国際化関連 国際ビジネス支援関連産業、国際交流関連産業、外国人生活支援関連産業
11 ビジネス支援関連 中小企業向けビジネス支援産業、個性的インキュベータのネットワーク
12 新製造技術関連 先端的新素材開発・生産拠点、バイオテクノロジー開発・利用産業拠点、需要即応型生産システム


●情報化施策からコンテンツ産業育成へ
京都産業の情報化に先進的な役割を担ってきた京都産業情報センターだが、今回のインターネット関連事業で、この10数年間の事業が一回りしたと思う。京都の情報化問題のネックは一つはインフラ整備であった。地域の公的インフラ整備という構想は実現しなかったし、府内との料金格差問題は残っているが、長距離回線の価格低下で大筋の方向はみえてきた。
もう一つのネックは技術格差であった。情報センターは情報関連の技術移転の促進を重要な課題とした。中小企業への技術移転は今後も課題として継続するが、昨今のテーマでいえば、一世を風靡したインターネット、イントラネットの大宣伝で、少なくとも情報ギャップはなくなっている。地域システムへの技術支援も、民間活力で進んでおり、京都のホームページは活況を呈しているし、ヒット数も多いという。とくに商業関係ではインターネットへの積極的な取り組みが行われている。
コンピュータ・リテラシー教育は、民間でも、教育機関でも広く行われるようになった。京都産業の課題としては、今後、コンテンツ産業をいかに育成するかに重点が移っているように思う。グローバル化の今日、日本のアイデンティティーを支える京都の文化的集積にコンテンツ産業の期待が集まっているのである。

●フロンティアをめざせ
今日の地域産業政策は、どれをとっても、国の制度の壁にぶつかる。悩みはつきないが、しかし、嘆いていてもはじまらない。私たちが都市生活の中で直面する問題に、実はフロンティアがあると思う。たとえば、西陣では地球の人たちを中心に新しいまちづくりの動きがはじまっている。産業の育成と地域のまちづくりとをどのように融合していくのか、ここに創意の余地がある。
京都市内の小学校が統廃合されている。小学校跡地をどうするのか、さまざまな提案が乱れ飛んでいる。大いに議論を戦わせるべきだろう。ただ、私のみるところ、全体としての具体的な利用方法の提案が多い。地域社会が提供した小学校が時代の流れの中で役割を終えたのだから地域に返そうという議論はあまり出ていないようだ。地域社会がこれからの地域経営を考えて、貴重な地域公有資産としてこれをどう活用するのか、地域社会の創意と試行を大切にするべきではないだろうか。「公有」とした点に注意してほしい。「公有」は「行政のもの」ではない。行政は情報を提供し、可能性の幅を示唆するにとどめるべきで、どのように利用するかを決めないほうがいいように思う。
また、新しい都市居住の具体策として、京都の袋地の再生という課題が提起されている。都市開発の技術や制度の開発と地域社会の協力によって、都市の土地利用の新しい方策がみいだされ、安全な高密度都市の建設という課題にチャレンジする産業技術に結実していくことを期待したい。 これからの都市生活の重大問題の一つは環境問題である。地球環境問題にも直接つながるこの課題に京都の人たちがどのように応えようとするのか、直接、自分たちの生活を通じての人類への貢献である。京都の産業技術はこの環境問題に対して応えていく能力を持っている。市民生活の中に新しい技術開発をどのように活かしていくのか、創意とイニシアティブが求められる。
もう一つ、私は、20年前、京都の市電の撤去に賛成したことを、今になって反省している。若かったとはいえ軽率な考えであった。高齢化社会問題、環境問題、都市交通問題をあわせ対処する総合施策の一つとして、路面電車の復活を新しい技術レベルで構想するべきだと思う。 京都は先進の伝統をもった都市である。その産業政策も「京都の産業の地盤沈下をどのように克服するか」というような後ろ向きの施策ではなく、このような新しい都市づくりのフロンティアを目指してほしいものである。

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