【糖尿病患者の視点からの膵・膵島移植】

アンケート結果(PDF:57K/7ページ)

1999年11月27日(土)に大阪・千里中央のライフサイエンスセンターで開催された第2回近畿膵移植検討会で、能勢が「糖尿病患者の視点からの膵・膵島移植」の題目で発表した内容を、以下に再構成してお届けします。


 昨年はこちらで「患者会活動」について発表させていただきましたが、今回は「糖尿病患者の視点からの膵・膵島移植」について発表させていただきます。この内容は、私が運営しているIDDMに関するメーリングリスト(以下MLと略)で膵・膵島移植についてのアンケートを実施し、その結果に考察を加えたものです。以下、アンケート結果です。



【膵・膵島移植に関するアンケート結果】
アンケート実施期間: 1999年11月22日〜11月26日
対象: IDDM-Mailnet(iddm-mailnet@iijnet.or.jp)登録者267名
(1999年11月27日時点・一部重複登録の可能性あり)

回答者数: 14名

●回答者属性
 
1.回答者属性


2.平均年齢    31.5才


3.性別


4.罹病歴


5.コントロールの状態


6.合併症はありますか?


7.血糖のコントロールは安定していますか?


8.血糖のコントロールを保つためにどの程度の負担を感じていますか?

理由:
(負担に感じる理由)
・育児との両立
・食餌療法・運動療法の実践に時間と努力が必要
・仕事に追われ食事の時間が一定に保てない
・常に血糖のことが気になるので
・生活の自由度が低い
・分食が面倒
・血糖測定が煩雑
・金銭的・経済的負担が大きい

●膵臓移植(膵腎同時移植)について
 
9.あなたは膵臓移植(膵腎同時移植)を受けたいと思いますか?


理由:
(受けたいと思う理由)
・合併症を防ぐために有効(予防手段として)

(受けたくないと思う理由)
・移植後のケアが心配
・免疫抑制剤の副作用
・腎臓は大丈夫なので
・知識・情報不足なので不安

10.自分が膵腎同時移植を受ける場合、それまでに知っておきたい項目(1人5項目まで)


11.膵腎同時移植について自分が知っている情報は十分だと思いますか?


理由:
(十分だと思わない理由)
・公立病院で移植希望者として登録したが、その後何の説明も連絡もない
・移植の必要性を感じないので情報を集める気がしない
・情報が公開されているかどうか自体が不明
・情報源が少ない


●ラ氏島移植(ランゲルハンス島β細胞の移植)について
 
12.あなたはラ氏島移植を受けたいと思いますか?


理由:
(受けたいと思う理由)
・臓器移植よりは簡単そう
・注射の必要がなくなる
・予防手段として有効

13.自分がラ氏島移植を受ける場合、それまでに知っておきたい項目(1人5項目まで)


14.ラ氏島移植について自分が知っている情報は十分だと思いますか?


15.その他、膵臓移植、ラ氏島移植についての意見など(要約)
(十分だと思わない理由)
・現在のところ注射でQOLは維持できているので、移植の必要性は感じない
・今は必要性を全く感じないが、合併症が発現・進行すれば考え方が変わるかも知れない
・いちいち学会に出向かなくても情報が手に入るようにするのがスジ
・単純に「臓器を取り替えれば健康になる」訳ではない
・移植が「ニュース」になっているうちはダメ

●アンケート結果結果要約

●回答者属性について

このアンケートは、回答者全員がIDDMの方でした。

平均年齢は31.5才となっていますが、やはり20〜40代の方の参加が多いことが判ります。これは、単にIDDMであるだけでなく、パソコンのリテラシーを備えていることも必要になるためと思われます。

罹病歴についてですが、平均発症年齢が19.8才、平均経過年数は11年9カ月となりました。5年未満の方が最も多いのですが、20年以上の方もかなりおられます。

コントロールは6〜7%台の方が多くかなり優秀なコントロール状態なのですが、「やや負担に感じる」と「非常に負担に感じる」方を合わせるとその血糖コントロールを保つことを負担に感じておられる方が12名もおられます。このことから、毎日努力をして何とか血糖コントロールを維持しているIDDMの姿が浮かび上がってきます。

●膵臓移植(膵腎同時移植)について

臓器移植は「受けたくない」とする方が11名と圧倒的多数で、殆どの方がそれを積極的には望まれていないことが判ります。希望者に関しても合併症の予防手段として希望されている(現段階では承認されない)など、理解不足が目立ちます。それでももし自分が膵臓移殖を受けるとした場合、11名が手術費用を挙げておられることから、金銭面での負担を心配されています。以下、手術を受けた後でどのようなケアが必要なのか、拒絶反応や免疫抑制剤についての説明などが続きます。
以上より、当然予想される結果ですが、回答者の全員が「膵腎同時移植について自分が知っている情報は十分でない」と評価されています。「情報が少ない」が実感だと思います。

●ラ氏島移植(ランゲルハンス島β細胞の移植)について

こちらは臓器移植とは異なり、「受けたい」とされる方が受けたくない方を上回ります。皆さんラ氏島移植にはかなり期待されているようです。ただし、回答者のほぼ全員が「ラ氏島移植について自分が知っている情報は十分でない」と評価されていますので、期待が大きい分、早急な情報提供の充実が望まれます。



【糖尿病患者の視点からの膵・膵島移植】


 このアンケート結果からもお判りになるかも知れませんが、当面は移植の必要がない人(回答者14名中、平均HbA1c値6.4%)からの回答が多く、移植以外にQOL改善の道がない人ではありません。その意味では的外れなご指摘になるかもしれません。
 しかし、本来は膵臓移植について最もよく知らされていなければならないはずのIDDM本人、つまり「膵・膵島移植レシピエント予備軍」からの回答であることをどうぞご理解いただきたいと思います。

 それでは今回は次の5つのテーマに沿って話を進めていきたいと思います。

1.「一般公道を走れる」か
2.「システム」としての技術・制度
3.一事が万事とならないために
4.「必要不可欠」と「改善のため」の落差
5.移植がニュースとならない社会に向けて

まず1から。



1.「一般公道を走れる」か

 よく知られている自動車レースとしてF1があります。各チームはマシンに世界最高水準の電子機械制御技術や空力性能技術の粋を注ぎ込み、才能と技術ある世界で20名ほどのトップドライバーがチャンピオンシップを懸けて、毎年世界を転戦していることは皆さんもご存じでしょう。
 しかし、F1がいかに技術としていかに素晴らしいものであっても、ドライバーやそれを支えるメカニックの資質がいかに優れていても、それに要求されるコストや時間、個人の能力がレベルがあまりにも高いので、一般人の我々にとっては直接的には縁の無いものとなっています。
 私は、今の臓器移植による膵臓移植はこの「F1」のようなものではないかと思っています。医療技術の粋を集め、優秀な内科医のサポートと才能ある外科医の執刀で可能となる訳で、そのこと自体は賞賛に値するでしょう。しかし、果たしてそれがIDDMであること以外は全くの一般人である我々にとって身近な問題なのかどうか。F1は一般道は走れないのです。

 アンケートを取った結果からもお判りになったかと思いますが、IDDM患者であっても臓器移植について詳しいことを知っている人は皆無に近い状態です。もちろんF1においても、ドライバー本人が例えば燃料噴射制御技術の詳細を知っておく必要はありません。ただし少なくとも機械の操作はできなくてはなりません。すなわちこの「機械の操作」とは、我々にとっては「日常生活」になりますが、これが支障なく行えることが最も重要なのです。
 つまり今我々が求めているのは、サーキットではなく、自動車教習所であり気軽に立ち寄れる自動車ディーラーです。F1のように「高度だが特殊な技術」ではなく、「一般公道を気軽に走るための技術や制度」が必要なのです。

 したがって、ここで考えなくてはならないのは、「個々の技術の集積としての臓器移植」ではなく、「システムとしての臓器移植」です。



2.「システム」としての技術・制度

 先頃メーリングリストの中で、ボランティアの医師から、海外の中進国に不要のインスリンを提供する運動に協力してほしいとの話題が上ったことがあります。心ある人ならば、諸手を挙げて賛成し、すぐにでも協力されたことと思いますが、私は個人的には全く協力しませんでした。自宅には提供可能なインスリンが大量にあったにも拘わらず、です。それは何故か。
 まずこれが継続した取り組みとしては保証されていなかったこと、そして今回必要とされるインスリンの量が不明であったことがその理由です。私個人としては、「2回目以降、初回に提供した分と同等以上のインスリンが提供できる見通しがなければ、すべきではない」と考えます。
 ご存じの通り、IDDMは生命維持にインスリンが不可欠ですが、それをインスリンが恒常的に不足している国や地域へ寄付したとして、それ以後に安定した供給が続かなければ、一時的に命が助かった人も結局は死んでしまうことになるからです。つまり「システム」として導入を行わなければ意味がないのです。最低限のこととして、行動の計画、予想される成果、実行、その結果報告、評価、次回計画立案がしっかりしていなければならないでしょう。

 その意味で、今の膵・膵島移植はまだまだ制度としての整備が立ち遅れています。「命さえ救えればいい」と考えるのではなく、移植を受ける本人の身体的・精神的・経済的負担まで考え、それらを全てクリアした上で実施すべきでしょう。少なくとも高度先進医療の一環として医療費免除などの措置が行なわれなければ、我々の不安は払拭されません。それは次に挙げる医療規則違反の問題とも関わってきます。



3.「一事が万事」とならないために

 このアンケートを実施したMLの中では、2年近く前から、医療機関の医療規則違反が大きな問題として取り挙げられています。ご存じの医師の方もおられるかも知れませんが、これは主に病院経営の採算上の都合から、本来は医療機関が負担すべき医療費が、患者本人に対して請求されている問題です。
 具体的には、医師の指導があれば、血糖測定紙や衛生材料は「必要十分」な量を保険診療の範囲内で処方しなければならないことが規則で決められているのですが、十分な説明なしに採算を超過した分について自費負担を求めている医療機関が多数存在することです。
 このように非常に些細な規則すら遵守されていない状況の中、数百万円単位の医療費がかかる膵臓移植についてはそれと同じような問題が全くおこらない保証があるのでしょうか?

 医療規則違反と膵・膵島移植は、移植を推進されている医師の方にとっては直接は関係ないことかも知れません。しかし、我々患者にとっては数ある「医療サービス」のうちのひとつでしか有り得ません。つまり、同一カテゴリーの問題としてそれらを見ているのです。同じ「医療サービス」のひとつとして、確固とした制度が確立されていなければ、我々は安心して膵・膵島移殖を受けることはできないのです。




4.「必要不可欠」と「改善のため」の落差

 さて、実際に臓器移植を受けるとして、患者にとって移植の前提となる大きな条件のひとつとして「現状よりもQOLが改善されること」が挙げられます。

 今現在の段階で強化療法(もしくはCSII)が徹底できていれば、IDDMのQOLはそれほど低い訳ではありません。厳格にコントロールしても血糖が不安定になるブリットル型のIDDMを除き、少なくとも当面の命に別状はないのです。臓器移植が「必要不可欠」な心臓移植や肝臓移植と比べ、臓器移殖に対する切迫性がかなり異なる訳です。ドナーの一大決心で提供された「尊い命」が実現することが「QOLの改善」なのですから、提供してもらう側としても、その落差に一種の戸惑いがあることは否めません。
 ここで我々の都合だけを強調させてもらうとするならば、医療関係者の方にとっては「うまくいった症例」と「うまくいかなかった症例」があるだけだと思いますが、我々患者にとっては「自分自身がどうなるのか」の問題でしかありません。少なくとも強化療法(もしくはCSII)を行っている現在よりもQOLが改善されなければ、臓器移植を受ける意味がないのです。そう考えると、透析導入前後の方が移植の対象となるのは当然のことでしょう。

 いずれにせよ、IDDMの場合、他の臓器移殖よりもリスクに対する評価が厳しいことをどうぞご理解ください。



5.移植がニュースとならない社会に向けて

 先ほど読売新聞大阪本社編集委員の中澤様より「臓器移殖と報道」についてご講演をいただきましたが、私自身にとっては膵・膵島移植がセンセーショナルなニュースとして扱われることに対し、本当にその必要性があるのだろうかと非常に疑問があります。

 恐らくこれは、事前に公表されている臓器移殖に関しての情報が不十分であることによるものと思われます。今回のアンケートの結果でも「膵腎同時移植について自分が知っている情報は十分だと思いますか?」の質問に対し、肯定的な回答をしている人は皆無で、回答者14名のうち、「あまり思わない」が5名、「全く思わない」が9名と、必要な情報が全く行き渡っていないことが明らかです。
 移植を受ける可能性があるその本人さえ知らない「膵臓器移殖」。今現在のこうした構図は非常に問題ではないでしょうか。現在臓器移植についての情報を提供している最も詳しいソースは、九州大学医学部第一外科の杉谷篤助手のWebページでしょう(以下のURLアドレス参照)。


「膵・腎臓移植関連情報」
http://www.med.kyushu-u.ac.jp/surgery1/suiishoku/
「膵臓・腎臓移植に関する質問」
http://www.med.kyushu-u.ac.jp/surgery1/suiishoku/isyoku-faq.html

 今回ようやくこの膵移植検討会のWebページ

「近畿膵移植検討会」
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/surg1/www/suiishoku/index.html

が立ち上がったとのことですが、内容の早急な充実が望まれます。

 我々としては、いつ・どんなタイミングで移植を受けるのが適当・適切なのかを判断できるような情報を提供してもらうことはもちろん、自分に移植が必要となる段階で医師から何も説明を受ける必要がない状態にまで持っていってもらいたいと考えます。欧米を中心とする医療先進国の後追いではなく、他国が感嘆の声を挙げ、その模範として追従してくるような優れた技術・制度を整備することは不可能でしょうか。この膵・膵島移殖に関しては、「走り出してから考える」のではなく、「全ての用意を整えてから走り出す」ようにしていってください。それは、研究と同じだけのエネルギーを、研究の公表(プレゼンテーション)のために割くことによって、比較的簡単に実現できることだと思います。今日ここで発表された内容に関しても、予備知識のない一般の人が見てすぐに理解できるよう、全てをWebで公表することは移植医療に関わる医療関係者に課せられた最低限度の責任ではないでしょうか。

 そうすれば、膵・膵島移植もそれほど珍しいものでもなくなり、世間から好奇の目で見られるようなこともなく、ニュースとしての価値も相対的に低下すると思います。単なる医療制度運用上の事実として、膵・膵島移植に関する全ての情報が完全にガラス張りの状態で今後の臨床応用が推進されることを、一患者として強く希望します。

 以上、非常に不躾な内容となりましたが、 「糖尿病患者の視点からの膵・膵島移植」として偽らざる意見を述べさせていただきました。医療関係者のご静聴感謝致します。



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