【「これからのDM医療に求められるもの −技術と制度の両面から− 」】

2001年11月17日

「第1回先進インスリン療法研究会」
1st Meeting for Innovative Insulin Therapy in Kobe
講演原稿より

主催:先進インスリン療法研究会
代表世話人:野中 共平(白石共立病院)
後  援:日本糖尿病学会・神戸市医師会



今日はIDDMを中心としたDM医療の話をさせていただく訳ですが、その前に少し我々の生活とクルマの関わりについて話をしてみたいと思います。

現在、我々の生活には隅々までクルマが入り込んでおり、日本人ならば殆ど全ての人がクルマの恩恵を受けているのではないかと思います。個人に目を向けた場合、車を持っていなくても生活はできるでしょうが、無ければ不便な生活となることは間違いありません。それでは、もし日本が「クルマがないと生きていけない」社会だとして、そこで非常に高級なクルマしか身体に合わない、運転できないと人がいたとしたらどうなるでしょうか?例えば800万円のポルシェしか私は運転できない、1400万円するベンツ以外だとどうしても酔ってしまうとか、ですね。当然ですが、この場合は一定以上の収入のある一部の人しか生活ができないことになり、非常に困ります。あるいはまた別の問題として、都道府県によって通行帯が違うとしたらどうでしょうか。もしも大阪は左側通行で、神戸は右側通行なら、交通や物流は大混乱になってしまいますね。「まさか」と思われるかも知れませんが、それと同じような事が起こっているのが今のDM医療の現場なのです。

例えば、注射よりもCSIIの方がコントロールが良くなると思われる人でも、今の日本ではそれを自由に選択することはできません。本体価格が高額であるため、CSIIを利用されている方は、大学病院や国立病院などの大規模な医療機関においてごく限られた人数に対して研究費扱いで貸与されているか、高価な本体を自費で購入されているかのどちらかです。また、本来在宅自己注射管理指導料に含まれる衛生材料が規則通りに処方されず、自費での購入を余儀なくされたり、治療上必要であることが明白なケースでも、血糖測定チップを採算ラインを超えては処方しない、そうした不誠実な医療機関も未だに後を絶ちません。つまり医療機関によってIDDMへの対応にかなりのバラ付きがみられるのです。

このように、今の日本ではIDDM(1型糖尿病(高血糖症))を発症した場合、安心して生活できるような医療環境は、残念ながらまだ十分に整ってはいないのが現状です。



それでは、どのような状況になればIDDMになっても安心して社会生活を送れるのでしょうか。

これからのDM医療に求められるものとしては、私から次の3点を挙げておきたいと思います。先ず、誰もがそれをいつでも手軽に利用できるよう、技術と制度がバランスよく整備されていること。どんなに優れた技術でも、それを実際に使えなければ「絵に描いた餅」に過ぎません。例えばCSIIならば、単に高性能なモデルを開発するだけでなく、メーカーから医療機関に機器をリースして、それをさらに患者にレンタルするなど、今よりも更に多くの人に使ってもらえるような制度の工夫が必要ではないでしょうか。2点目が、より人間の生理的機能に近い制御と測定ができることです。超速効型インスリンは人間本来のインスリン分泌動態に近づけようとしたものですが、食前のインスリンはもちろん、これだけでは基礎分泌に相当する部分の調整が難しくなります。微妙な調整をするためには連続的な血糖測定も必要になってくるでしょう。3点目が技術的な面と精神的な面の、両方のフォローアップの充実を図ってもらうことです。IDDMの方で、シックディや重篤な低血糖などの緊急時に、電話などですぐに相談できる先を正確に把握している人はどのくらいおられるでしょうか。また、IDDMに関する不安や心配事について気軽にカウンセリングを受けられる公的な機関も設置していただきたいところです。



これらを受け、医療技術と医療制度について、以下もう少し具体的に掘り下げていくことにします。

先ず、医療技術のうち薬剤についての期待から。

10月にリリースされ、すでにお使いの方も多いと思われる超速効型インスリンですが、私自身を含め、「これまでよりも調整が簡単になる」と思っておられた方は多いのではないでしょうか。実際に使ってみて判ったことですが、効きだけでなく消失も速いことから、Rよりも調整が難しいとの印象を受けました。「これさえあれば全ての問題は解決する」とまではいきませんが、登場以前は結構「魔法の薬」的に受け止められていた部分があったように思います。いろいろと試行錯誤をした結果、今ではすぐに血糖を下げられる便利な道具として、「選択肢のひとつ」と考えられるようになりました。もちろんですが、使い方次第で今までできなかった調整が可能になりますので、今後ますますの普及を期待したいところです。

これと対になる薬剤が超遅効型インスリンでしょう。実は超速効型を使うようになって気が付いたことですが、超遅効型があれば超速効型での血糖調整は簡単だろうなと思うようになりました。基礎分泌に置き代わるものとして、同じ割合で1日中コンスタントに効くインスリンがあれば、超速効型の効果はより安定すると予想されるからです。2003年にはリリースされる予定だそうですが、早く使ってみたい薬剤のひとつです。

それ以外には、肺吸入型インスリンが挙げられますが、吸収率が低いことや、風邪などで粘膜が荒れていると吸収率が変わること、注射よりも時間が懸かることなどから、もうあと一段階のブレークスルーが望まれるところです。またカビの一種であるL-783,281は、分子量の小さな無機物でありながら血糖降下作用のを持つ物質として知られています。これは経口で摂取できるIDDM用の薬剤への応用が期待されるところです。



次に、医療技術のうち医療機器についての期待を。

やはり一番期待が大きいのは、シグナス社のグルコウォッチに代表される非侵襲型(非観血型)の血糖測定器です。現在の血糖測定器ではコストの関係から、1日に数回しか測定できません。これは車に乗って大雨の中を間欠ワイパーだけで走っているようなもので、視界が非常に悪く、速く走ることができません。できればこれを24時間常時測定するようにして、さらに血糖の現在の変化率まで判ればベストです。例えばこれをクルマのハンドルに付けられれば、無自覚性低血糖を事前に防ぐことができるので、現在問題になっている運転免許の問題も一気に解決する可能性があることがお判りいただけるでしょう。

CSII、すなわちインスリンポンプについては、日本ではニプロ、アメリカではミニメドが有名ですが、ニプロのものは設定できる持続注入プログラムが少ないこと、ミニメドのものは高価なことがそれぞれ欠点として挙げられます。これらの問題を解消した、高性能で低価格の製品の登場が待たれるところです。

続いて、移植医療についての期待ですが、膵腎同時に行われるケースが多い膵移植と、肝臓などに注入するラ氏島移植などがあります。ただ、いずれについてもまだまだ情報が不足しており、どのような条件が整えば移植を受けられるのか、受けた方がよいのかが一般には伝わってきません。今後は、費用や術後のケア、免疫抑制剤、生着率など、提供情報のさらなる充実が望まれます。



最後に、医療制度について。これらはいずれも「要請」です。

誰もがいつでも手軽に利用できる技術と制度、あるいはいつでもどこでも同じクオリティのサービスが受けられるようにするには、まず医療規則の周知徹底を行っていただきたい。「脱脂綿やアルコール等の衛生材料は自費で買わされた」とか「どれだけコントロールが不安定でも、1カ月に75枚しか血糖測定紙がもらえない」など、不備が多すぎます。支給するものは支給、必要十分な処方が定められているものは必要十分に処方する。これらは最低限守って欲しいルールです。そしてこれらを確実にするため、医療規則違反が確認された医療機関へ指導・勧告を行う、あるいは罰則規定を設けるなどの措置も当然あって然るべきでしょう。

医療費については、合併症なしで年間自己負担額が10万円前後、合併症が出てきた場合20万円前後にもなることは皆さんもご存知でしょう。18歳以下を対象にした公的補助としては小児慢性特定疾患の制度がありますが、20歳以上のIDDMに対しても何らかの公的補助が受けられるよう、福祉制度の整備も是非検討していただきたい課題です。また、病気の受け容れを簡単にし、社会からの誤解・偏見を取り除く方法として、病名の変更が挙げられます。例えば今、誤解を招くとの理由で精神分裂病がその患者家族からの要請で実際に変更が検討されています(「スキゾフレニア」「クレペリン・ブロイラー症候群」「統合失調症」のいずれか)。IDDMに関しても、インスリン分泌不全症候群とか、あるいはインスリン欠損症など、病態を正しく表す病名に改めていただきたいところです。



最後に患者自身に求められることについて。

今現在の日本において、IDDMをサポートする医療技術のポテンシャル自体は非常に高いものと思われます。しかし、残念なことに制度上の不備から、DM、特にIDDMに必要な医療技術をひとまとまりのパッケージとして提供できていないため、それを十分に発揮するには到っていません。必要な措置を必要なタイミングで提供することで、無理な我慢をすることなく、しかし医療サービスの質を向上させることはできるはずです。先ほど挙げた電話によるサポートなどもこれらに含まれるでしょう。トータルのコストを下げつつ、QOLを上げる。難しいかも知れませんが、決して不可能ではないと思います。

我々患者の立場としても、黙ってそれが実現されるのを待っていては何も解決しません。今我々がどんな医療サービスを必要としているのか、実際にそのサービスを受ける立場から、国に対して医療制度のあり方を提言していくべきではないでしょうか。それによって初めて、今日ここで紹介されるさまざまな医療技術が、本当の意味で活かされるのだと私は考えます。

長くなりましたが、私からは以上とさせていただきます。



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