【「運転免許の処分基準等の見直し素案」に対する意見】

2001年9月27日

警察庁交通局運転免許課法令係 様

“IDDM-Network”http://www.joho-kyoto.or.jp/~iddm-net/
主宰 能勢 謙介


日頃より、国民のため、悲惨な交通事故を防止し、安全で円滑な交通環境の整備にご尽力いただいていることに敬意を表します。

私は、インターネット上でIDDM(1型糖尿病(高血糖症))に関する情報交換と意見交換を行うコミュニティ(Webサイトおよびメーリングリスト)の運営主宰者です。

今回、警察庁交通局より公示された道路交通法の改正においては、障害者に係る免許の欠格事由の見直し等が行われる予定であり、一定の病気等にかかっている者等についての免許の拒否や取消し等の基準等を道路交通法施行令で定める旨が以下の通り示されております。


(「運転免許の処分基準等の見直し素案」より抜粋)

エ 低血糖による意識障害を伴う糖尿病関係
  糖尿病にかかっている者については、以下のようにします。
(ア)
(1)低血糖による発作により起きて活動している間に意識障害(意識を喪失してしまうようなこと)が生じるおそれがない場合については、処分の対象としません。
(2)過去1年以内に、低血糖による発作により起きて活動している間に意識障害を生じたことがなく、かつ、今後当該発作が起こるおそれがないと認められる者については、処分の対象としません。

(イ) (ア)に該当しない者については、免許の拒否や取消しを行うこととします。



この「運転免許の処分基準等の見直し素案」に関して、我々DM患者の社会生活に深く関係する部分がありましたので、以下の通り、インスリン治療を行う1型糖尿病患者の一人として意見を述べさせていただきます。


■「運転免許の処分基準等の見直し素案」に対する意見



先ず、今回の素案に関して、基本的に以下の5点について再検討が必要であると考える。


・低血糖を原因とする自動車事故被害者の心情への配慮
・DM患者の実利的資格としての自動車免許取得の権利の確保
・DM患者の社会的身分保証制度としての自動車免許の意義
・DM患者のプライバシーを保護する観点からの情報管理
・行政の施策としての一貫性と整合性の維持

それぞれのテーマについて、以下具体的に論じていく。

1.低血糖を原因とする自動車事故の被害者への配慮について:
昨年8月24日に広島県で発生した、低血糖を原因とする交通死亡事故が、今回の素案提出の契機になっているものと思われる。しかし、この事故の容疑者であるDM患者は、医師が指示する食事療法を守っていなかっただけでなく、血糖値の自己測定も行っていないなど、1型糖尿病を有する者ならば当然果たすべき注意義務を完全に怠っていたことが指摘されている。こうした悲劇を防ぐ意味で、今回の素案で示された方向は、ある一定の妥当性を持つものであると受け止めており、また死亡事故の被害者とその家族の心情を考えれば、こうした措置を求める動きがあることは理解できる。ただし、既に免許を取得している多くのDM患者は、自動車を運転する際の危険性について十分認識しているので、そうした実態を評価せず、その権利を予め一律に制限するような関しては、くれぐれも慎重に対応していただきたい。

2.DM患者に対する啓発および医師による指導の徹底:
数は少ないものの、運転中に低血糖を起こす可能性のある糖尿病治療を受けている者(以下、「DM患者」と略)の中には、その危険性を十分に認識していないケースも考えられる。したがって、免許取得時にはDM患者以外の全ての取得希望者を含め(免許更新時には、全ての免許取得者を含め)、統計資料に基づくパンフレットを配布し、同様の危険性のある疾患について徹底した啓発活動を行うべきである。また、全ての医師は、18才以上の免許取得可能なDM患者に対して、自動車運転時の低血糖の危険性について教育・指導を行う義務を負うものとする。

3.低血糖を原因とする事故の危険性(発生率)の評価方法について:
運転中にDM患者が低血糖が原因で事故を起こす確率については、健常者が通常の運転で起こす事故の確率と、厳密な基準によって照らし合わせた上で、改めてその危険性を評価すべきである。これについては、警察庁関係者だけでなく、糖尿病の専門知識を具えた糖尿病専門医などを含む、公正・中立な立場を保つ第三者で組織された機関や委員会によって慎重に検討していただきたい。

4.低血糖の予見可能性について:
上記委員会などの報告から、運転中の低血糖を原因とする事故確率が、それ以外の原因による事故確率に比べ、科学的・統計的に有意差がなかった場合、DM患者に対する措置は、1.の範囲に留めるものとする。一方、運転中の低血糖による事故確率が、それ以外の原因による事故確率と比べ、有意に高いとの見解が示された場合においても、全てのDM患者が一律に低血糖を起こす訳ではない点に留意すべきである。

5.免許取得制限・取り消しを実施する場合の査定基準について:
今回の素案にある条文によれば、「低血糖による意識障害の恐れ」のある者全て、すなわちインスリン治療を行ってい糖尿病患者全て、および経口血糖降下剤を服用している糖尿病患者全てを対象に含めることも可能であり、もしそのような「拡大」解釈が一般化すれば、DM患者の権利を著しく制限する措置となることは否めない。「(ア)(1)低血糖による発作により起きて活動している間に意識障害(意識を喪失してしまうようなこと)が生じるおそれがない場合については、処分の対象としません。」「(2)過去1年以内に、低血糖による発作により起きて活動している間に意識障害を生じたことがなく、かつ、今後当該発作が起こるおそれがないと認められる者については、処分の対象としません。」とした上で、「(イ) (ア)に該当しない者については、免許の拒否や取消しを行うこととします。」とされているが、このような曖昧かつ多義的な解釈が可能な条文による予防的制限に対しては、できる限り慎重な対応を求めたい。
 実際にDM患者の自動車免許取得の制限や拒否、取り消しを実施するとした場合、個々のDM患者における低血糖症状の発生頻度や低血糖症状の程度について厳密に査定せず、それらを一律に制限するような事態になれば、多くのDM患者の理解と協力を得られることはできないと考えられる。厳格な血糖コントロールを維持していれば、自動車の運転中に、運転に支障を来たすような低血糖が起こるケースは極めて稀だからである。
 これらの査定基準が曖昧なままで制度が施行されれば、低血糖を避けるために高血糖状態を維持して病状の悪化を招いたり、逆に今回の素案の目的とは反対に、虚偽の申告が増えることによって低血糖を原因とする事故が増加することすら考えられる。したがって、査定基準の策定については、できるだけ多くのDM患者が納得できるよう、その客観性と妥当性について十分検討していただきたい。

6.免許取得制限・取り消しの範囲について:
低血糖による事故の危険性が科学的・統計的にも有意に高いと認められた場合、然るべき手続きを経て十分に検討された上で、DM患者の免許取得対して一定の制限を設けることはやむを得ないと考える。ただし、その場合でも、対象となる免許は第二種免許および大型・大型特殊に限定するものとし、公安委員会への報告を義務づけることを条件に、免許の取得を許可していただきたい。また、予防的な制限(取り消し)は必要最小限に留め、重篤な低血糖を起こした場合など「過去の実績」に対して制限を設ける方向で対応していただきたい。また、重篤な低血糖を起こした場合には、一定期間の免許停止措置を受けることはやむを得ないが、観察期間の経過後には、何度でも再評価を経て、免許の再交付を受けられるものとする。

例)
 (1)普通、自動二輪、原付の各免許の第一種免許に関しては、免許取得時に制限は設けない。
 (2)全ての運転免許の第二種免許、および大型、大型特殊の第一種免許について、既に免許を
  取得している者に関しては、公安委員会に対し、一定期間毎に定期検診結果の報告義務を
  負う。
  今後上記免許の取得を希望する者に関しては、一定期間内の過去に、重篤な意識障害を伴
  う低血糖(救急車で搬送されるなど)がないことを前提に、公安委員会に対して、一定
  期間毎に定期検診結果の報告義務を負う。
  これらの措置を受ける者が、重篤な意識障害を伴う低血糖(救急車で搬送されるなど)を
  起こした場合、一定期間の免許停止とし、停止期間終了後、それ以後の低血糖の発生につ
  いて再度評価を行い、問題がなければ免許が再交付される。その時点での判断が難しい場
  合、短期の一定期間毎に再評価を受けることができる。
 (3)第一種免許取得後、重篤な意識障害を伴う低血糖(救急車で搬送されるなど)を起こした
  場合、免許停止、再評価、再々評価については、それぞれ第二種免許よりも短期間で実施
  するものとする。

7.免許の停止がもたらす社会的影響について
現在、自動車免許は、自動車を運転する資格を持つことを証明する以外に、社会的な身分証明書としての機能を果たしている。これが失効すれば、車の運転が認められないことは勿論であるが、就労や身分保証にも支障を来たすことは明白である。社会的無理解から、1型糖尿病患者を中心とするDM患者が、「糖尿病」であることを理由として就職時に差別を受ける事例は未だに後を絶たない。今回の措置によって、DM患者の多くが運転免許を失効するようなことになれば、こうした事態を更に増悪させると予想され、社会的参画の機会均等を図る意味でも不適当である。

8.病状の申告とプライバシー保護の徹底について:
第一種、第二種とも自動車免許を取得する場合には、公安委員会への申告を義務づけるものとするが、DM患者のプライバシーを保護する観点から、運転免許証への記載は一切行なわず、照会の必要が生じた際のみに提供される内部情報とする。またこの情報は、事故や犯罪を防止する目的を除き、第三者に漏洩することがあってはならない。この運用に関しては、JIS15001で規定される個人情報保護規格(プライバシーマーク)に準じる扱いが望ましい。

9.行政の施策としての一貫性と整合性の維持:
別紙の資料として添付した「ITコミュニティの役割と展望」にもある通り、インスリン治療を行っている糖尿病患者は、日本人の平均的な医療費の約10倍の自己負担を常に強いられている。また、単に多額の自己負担が続くだけでなく、医療機関や医師の無知によって、あるいは意図的に、医師の指導があれば制限がないはずの血糖測定紙の処方量に制限を受けたり、自己負担の必要がない衛生材料の自己負担を強いられている現状がある。運転中の安全を十分に確保するためには、やはり瀕回の自己血糖測定が必須となるが、こうした厳しい医療環境の中ではそれすらもが危ぶまれる。
もし交通行政が「DM患者は、安全に自動車が運転できるよう、厳格な血糖コントロールに努めよ」と勧告するのであれば、当然医療行政はそれが具体的に実現されるように、側面からDM患者をサポートするのが本来の行政のあり方ではないだろうか。しかし、現段階ではそれぞれが別々の方向を向いており、残念ながら著しく一貫性と整合性を欠くのが現状なのである。各省庁は、それぞれの職責を果たすことだけに囚われるのではなく、どうか個々の国民が最終的に受け取るサービスの質と量の格差にも十分配慮していただきたい。

10.今後の交通行政が目指すべきもの:
今回の素案の理念を究極まで押し進めていけば、「人間が運転しない自動車が最も安全」との認識に致ってしまうのではないだろうか。障碍や疾患に限らず、人間は常に不確定要素に影響されて生きている。それを認めた上で、さまざまな条件におかれている各国民の機会の格差を最小限に留め、できる限り多くの人の社会参加の機会を増やす。そうすることが、障碍や疾患を抱える者にとってだけでなく、実は健常者にとっても最も暮らし易い社会を実現することにはならないだろうか。



以上の事情を十分考慮していただいた上で、素案の内容について、制限を緩和する方向で再度検討していただくよう、よろしくお願い致します。



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