2001年11月10日 「1型糖尿病について考えるシンポジウム」講演原稿より 特定非営利活動法人全国IDDMネットワーク 今日は「自らが選び取るIDDMの未来」との演題で話をするため、こちらに来た訳ですが、その前にちょっと「火事」のお話をさせていただきたいと思います。
「火事」?…今「火事」と聞いて、「火事とIDDMに何の関係があるんだ」と思われた方が殆どではないでしょうか。 近年、IDDMについては、医療技術は非常に大きな進歩を遂げてきています。特に、1987年から1993年にかけて米国で実施された大規模な実験調査研究・DCCT(Diabetes Contorol and Complications Trial)で得られた知見を元に、強化インスリン療法が広く普及したことは皆さんもご存じかと思います。この強化インスリン療法を支える医療技術の象徴が、ペン型のインスリン注射器と血糖測定器です。最近では待ち望まれていた超速効型のインスリンがリリースされ、血糖測定器についても、より少ない血液の量でより早く測定でき、その結果をパソコンに繋いで分析できるものも現れてきています。 こうした便利で使い勝手のよいツールの登場で、以前に比べIDDMの医療環境は確実に改善されてきています。これだけの道具が揃っていれば、IDDMになっても誰もが安心して生活することができる。そう考えたいところです。 しかし、実際には違います。 患者がその必要性を訴えてもインスリンの単位数を変えることを認めようとしない医師、治療上必要であることが明白なケースでも血糖測定チップを採算ラインを超えては絶対に処方しない医療機関。前者は医師のIDDMに関する専門知識の不足、後者はいわゆる医療規則違反の問題ですが、後者について最初に指摘されたのは、今回のシンポジウムを主催している全Iネット理事長の井上さんで、それが1998年頃のことです。私はインターネットでIDDMに関するホームページを立ち上げ、またメールを利用した電子会議(メーリングリスト)を運用しており、その中でも再三この問題を採り挙げてきているのですが、3年経った今でもそうした相談や訴えのメールが後を絶ちません。つまり根本的には状況はまだ解決されていないのです。 このように、必ずしも全ての医療機関が最適の医療技術を提供できている訳ではなく、しかもそれが問題であること自体患者が気付いていないケースが多いのです。勿論ですが、守られるべき最低限のルールである医療規則すら守られず、QOLが低下し健康被害を受けるのは、他の誰でもない、我々IDDMの本人自身なのです。 また、皆さんもご存じのように、現在厚生労働省では小児慢性特定疾患研究事業の見直しを進めており、これまで全額免除されていた保険診療費に、一部自己負担の導入が検討されています。当たり前と思っていた原則が崩れつつあるのです。 先ほど例として挙げましたが、どれだけ消防の装備と施設が充実していても、それが実際に稼動しなければ、燃え盛る火災現場に向かって放水できなければ火事は消えません。消防と火事の関係の場合と同様、単純に医療技術が進歩すればいいだけでなく、それと同時に医療技術を確実に患者に提供できる制度を整備することが重要なのだとお判りいただけるのではないでしょうか。そして当然ですが、これは黙っていて解決する問題ではありません。 さて、実際のところ、我々はどのような状況に置かれているのでしょうか。ここに具体例を示す簡単な資料があります。 こうした動きに対して、我々IDDMの本人自身は何をしてきたでしょうか。 小児期にIDDMを発症した場合には親の庇護を受けることがあってもそれはある意味当然なのかも知れませんが、成人して以後、自分や自分と同じ立場の人間の権利を保証してくれる制度の維持と拡充に直接携わることがあったでしょうか。あるいは成人してからの発症であれば、すでにそれなりの社会的な地位や発言力を持っているはずですが、皆さんはそうした活動をしてこられたでしょうか。自らの「不運」に甘え、治療方針は医師に任せ、制度の検討は厚生労働省に任せ、政府との交渉は親に任せる。それを当たり前と思っておられないでしょうか。私は、そろそろこうした依存状態は「卒業」すべきだと考えています。 IDDMを発症した我々は、単にその命を繋ぎ、毎日ただ生き存えればいい訳ではありません。発症する前から社会の一員ですし、発症してからも立派な社会の一員です。その義務と責任を果たすため、一個の自立した社会的存在として、進むべき道を自らの手で企画・設計していくべきではないでしょうか。 具体的には、我々IDDMの本人自身がIDDMに関わる医療制度のあり方を提案することがあってもいいと思います。つまり、運悪く火事に遭った者が、今度はその貴重な経験を活かし、今後の被害を最小限に食い止めるため、消火活動に対する提言を行うのです。 もちろん、こうした段階へ行く前に、個々人が様々な問題を抱えているのも確かです。IDDMの受容は、本人にとって一番大きな問題でしょうし、それにはSelf Efficacy(自己効力感)の獲得、すなわち、自分には今この状況を変える力があると認識すること、自信を得ることが重要であるとされています。それを一人で解決できる場合もありますが、一人で解決するのが無理な場合、その受け皿としての役割が期待されるのが患者会活動ではないでしょうか。そこに参加する者は、お互いの経験を知ることによって自分自身を客観的に見ることができるようになり、今の自分に足りないものは何か、あるいは今の環境に足りないものは何かについて改めて気が付くようになることが期待されます。皆さんも、それがIDDM本人の自主的な動きに繋がるよう、患者会活動のあり方を是非一度見直してみてください。 それでは、そろそろまとめに入りましょう。 今現在の日本において、IDDMをサポートする医療技術のポテンシャル自体は非常に高いものと思われます。しかし、どれだけ消防車の装備が充実していても現場に到着できなければ火事は消えないのと同じように、適切な医療技術を「IDDM用医療サービス」のパッケージとして提供できていないのが現状なのです。これに対し、我々IDDM本人が、実際にそのサービスを受ける立場から、国に対して医療制度を提言していくべきだと考えます。 もちろんこれは、自分達が好き勝手に我が儘を訴えればいいと主張するものではありません。現在既にDMに関わる医療費は年間1兆円を超えており、このまま医療費を無制限に増やす訳にはいかないでしょう。そうではなくて、必要な措置を必要なタイミングで提供することで、無理な我慢をすることなく、しかし医療サービスの質を向上させることはできるはずです。トータルのコストを下げつつ、QOLを上げる。難しいかも知れませんが、不可能ではないでしょう。もちろん厚生労働省の予算の中で、削減が可能な項目もあるでしょう。例えば年間約8兆円の薬剤費のうち、効果に疑問のある薬の承認を見直せば、相当の財源を捻出できることが指摘されていますが、それを「インスリン保険」などに転用することもできるはずです。もし、財政構造改革を推進するのだとすれば、それこそがあるべき姿だと私は考えます。 このように、サービスを受ける者の視点から、IDDMに対する新しい医療のあり方を提言し、その実現に向けて努力する。我々自身が納得できる医療サービスを受けるためには、今後こうした活動はますます重要になってくるのではないでしょうか。そしていちばん近いところに位置するのが、この全国IDDMネットワークの活動であると私は確信しています。皆さんも是非この活動にご参加いただき、自らの手でIDDMの未来を選び取ってください。
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