メーリングリストで実施したアンケート結果について



はじめに

 1995年のジャンボリーで構想を提示して以来、我々IDDM患者自らの手で「電子会議システムによるIDDMの情報交換ネットワーク」を開設することは私のひとつの夢でした。それまでの経験から、1年にたった一度しか開催されないトップセミナーやジャンボリーに集まって議論し合うだけでは、IDDMを取り巻く状況はほとんど変わらないと痛感していたからです。しかし、当時日本ではまだそれほどパソコンが普及しておらず、時間と場所に拘束されないネットワークコミュニケーションの意義や価値は、いくら説明してもあまり理解してもらえなかったように思います。

 1996年になると、徐々に事情が変わってきました。インターネットが本格的に普及し始めたからです。これを契機に私は“IDDM-Network”と題したホームページ(http://www.joho-kyoto.or.jp/~iddm-net)を開設し、IDDMについての情報発信を始めました。私のメールボックスにはこのページを見たIDDMの方から共感や応援の電子メールが舞い込むようになり、私はIDDMの人たちのコミュニケーションに対する潜在的要望を確信するようになったのです。

 1997年の4月からは、このホームページを足掛かりに、IDDMについての情報交換をするためのメーリングリスト・“IDDM-メールネット(iddm-mailnet@ml.joho-kyoto.or.jp)”の運用を開始しました。不完全ながらも電子会議が立ち上がり、約1年経った今では120名余りの参加者を数えるまでになったのです。

 ただし、そこでの議論が活況を呈する一方で、さまざまな問題も抱えています。あくまで私・能勢が個人で運営しているシステムであることや、電子メールベースなので必ずしも使いやすいシステムではないこと。また、1997年8月のジャンボリーで「個人の熱意でしか維持・運営されないような組織では意味がない」とある医師から指摘されたことや、「組織活動のための組織活動」になってしまう危険性もあることなどです。確かに、このような活動や組織がなくてもIDDMの人が普通に生活を送れるのに越したことはありません。

 しかし、このメーリングリストが実際に参加者の役に立っているのも事実なので、反対や問題があったところで「はいそうですか」と安易に止めるつもりもありません。これらの事情を踏まえた上で、メーリングリストでの活動がIDDMにとって実効ある貢献となるよう、その方法論を模索し、悩みながら走り続けているのが今の偽らざる現状です。


I.IDDMが必要とするサービス、コミュニケーション

 それでは以下、“IDDM-メールネット”についてご紹介していきますが、まずその前に私が自分たちの手によるIDDMのコミュニケーションのためのネットワーク構築にこだわる理由について説明しておきます。

 先ずIDDMには表1のような前提があると私は考えます。

 表1.疾患としての(日本における)IDDMの特徴
  1. 日本では発症者の絶対数が少ない
  2. 根本療法が確立されておらず、完治しない
  3. 対症療法として、インスリン注射が不可欠である
  4. 本人の努力次第でコントロールは可能であるが、それほど簡単ではない
  5. その病名(インスリン依存型糖尿病)から、発症の責任が本人にあると周囲に誤解されやすい

 一言で表現すれば「聞いたこともない病気になったけど、どうしよう」となるでしょうか。この前提に立った上で、IDDMを発症した人が必要とする(医薬品は除いた)サービスやコミュニケーションは、主として
表2のように分類できると私は考えます。

 表2.IDDM発症者が必要とするサービスおよびコミュニケーション

  1. 血糖コントロールを良好に維持するための知識
  2. 自分の血糖コントロールの状態についての情報
  3. 具体的かつ実践的な血糖コントロールの方法
  4. IDDMに対する社会的評価・位置づけの認識
  5. 自分がIDDMになったことの自己受容
  6. 自分がIDDMになったことに対する社会的承認

 このうち、日本の医療機関で提供されるサービスは通常
およびです。IDDMを発症した場合、病院でIDDMの概要と必要な加療について専門医をはじめ看護婦や栄養士から説明を受け、自分の身体の状態に適わせたインスリン投与のスケジュールを決めるのがごく一般的な対処のあり方でしょう。これに加えて、入院中の「実験室的環境」の中だけでなく、元の生活に戻ってからの「実践的環境」の中において、良好な血糖コントロールを維持するための具体的なノウハウまで得られれば上出来です。

 しかし、残念なことに病院では以降を望むのは難しいのが現実です。それらを病院だけに任せてしまうのではなく、実体験しなければ判らないような情報や考え方をフィードバックすること。それが「自分たちのネットワーク」にこだわる理由なのです。

 についてですが、学校・会社・地域などの生活社会に戻ろうとしたとき、IDDMになった自分をこれまでと同じように受け容れてもらえる場合もありますし、逆に無理解からくる心ない言葉を投げつけられることもあるでしょう。いずれにせよ、自分のあり方とは無関係に突き付けられる社会的評価に対し、自分がどのような態度で臨むのか常に決断を迫られます。この辺りが、IDDMの発症に際し、多くの人がその対応に戸惑いを覚える大きな要因となっているように思います。

 次にですが、IDDMとうまく付き合っていくには、IDDMになったことを自ら認め、受け容れる姿勢が望まれます。具体的には、IDDMになったことを隠さずオープンにすることです。確かに自分に発症の責任がない病気を受け容れるのは難しいことですが、そのことから逃げているうちは、血糖コントロールもあまりうまくいかないように思います。これは本人の性格や考え方だけでなく、さまざまな環境にも左右されるので、それに要する期間や方法についてはかなりの個人差がみられます。

 の社会的承認は、IDDMに限らず人間が適応的な社会生活を送る上で不可欠な要素です。特に我々の場合、「IDDMになった自分」を承認してもらう(あるいは承認させる)過程を抜きにして自己同一性(アイデンティティ)の確立はあり得ません。「IDDMとしての自分」を一度も承認されたことがなければ、まだ見ぬ承認を得るため過剰適応したり、逆に他人との交流を拒否して社会から離脱してしまうことが予想されます。どちらの場合も自分に対して無理な力が懸かるので、不安定で危うい状態におかれる点では同じです。


II.メーリングリスト運営の目的と利用者の評価

 私がメーリングリストを主催し運営している目的は、参加者自身がIDDMの場合、メーリングリストを本人に表2からまでを達成するための手段あるいは参考にしてもらうことです。端的に述べれば、参加者に「IDDMは自分一人ではないのだ」と実感を伴って理解してもらうことです。また本人ではなく医療関係者としての参加ならば、IDDM患者の指導や助言に役立ててもらうことが目的になります。これに対し、メーリングリストの参加者が実際にどのような印象を持っているのかについて、簡単なアンケートを実施して調査しました。その主な結果は表3に示す通りです。

 表3.アンケートの結果

 実施期間:1998年2月16日(月)〜1998年2月26日(木)(11日間)

 実施対象:“IDDM-メールネット”参加登録者123名

 回答者数:34名(回答率27.6%)

 男女比率:女性10名・男性22名(この項有効回答数32名)

 平均年齢:32才11カ月(IDDMのみ・この項有効回答数27名

 発症年齢:24才 6カ月(IDDMのみ・この項有効回答数27名)

 経過年数: 8年 5カ月(IDDMのみ・この項有効回答数27名)


 回答は参加登録者のうち約1/4の方からいただきました(図1〜4)

図1.回答者属性      

図2.予想と比較した場合のML

図3.ML参加の動機・目的  

図4.MLに対して今後期待する

 図1より、やはり本人がDMである方の参加が最も多いことが判りますが、ご家族や友人・恋人がIDDMなので参加されているケースがあることも看て取れます。図2より、9割を超える参加者が「役に立つ、意義がある」と評価していることが判ります。参加の動機・目的としては、それぞれ半分以上の方が「IDDM(DM)についての最新情報の入手」、「治療方法や医療制度に関する情報交換」、「IDDMに対する考え方についての意見交換」を挙げておられます。MLの内容に関しては「参加していない状態を0、目的を達成できた状態を10とした場合、現在の状態は○○である」の項目を設けて評価してもらったところ、その平均値は6.4でした。これらを要約すれば「評価はするが、まだまだやってもらいたいことはたくさんある」となるでしょうか。


III.現在の問題点とその対策について 

 このメーリングリストの主な問題点としては表4に示すものなどがあげられます。

 表4.IDDM発症者が必要とするサービスおよびコミュニケーション
  1. 専門的な医学知識が必要となる相談には答えられない
  2. 前提となるコンピュータリテラシーと、ネットワーク環境の整備に必要なコストの関係で、参加できる人や年齢層がまだ限られている
  3. テーマ別に議論することができない
  4. リストサーバの機能制限のため過去のログが請求できない
  5. 他のメンバーのプロフィールを随時に参照することができない

 
についてはかなりの要望があるのですが、基本的にインターネットは判断を自分の責任で行う世界なので、病院と同じレベルのサービスは期待できないでしょう。また、もし専門家に相談に乗ってもらうとすれば、単に人材の確保だけでなくその報酬など医療制度も絡んだ問題になってくるので、実現にはかなりの困難が伴うと予想されます。は、パソコンが今よりももっと安価で使い易いものにならない限り、単純に主催者側の努力だけではカバーすることができません。取り敢えず、現在の参加者がまだ「特殊」な存在であることは念頭に入れておくべきでしょう。はシステムの制約からくる問題です。特に4は、以前メーリングリストでのログをまとめたテキストファイルをホームページにアップしたことがあったのですが、「実名が出ているのでやめてほしい」との要望が出されたため、断念せざるを得ませんでした。しかし、近い将来にWinとMac共用のGUIベースのコミュニケーション環境の導入を計画していますので、これらはその時点で解消される予定です。


おわりに

 IDDMになった自分の苦労や不遇を慰めてもらうのではなく、他の参加者が頑張っている姿を見て「大変なのは自分だけではないのだ」と実感すること。それは「傷の舐め合い」に安住することではなく、自らに奮起を促すことを意味します。実際「他の方の話を読むことがとても励みになる」とする感想をたくさんいただきました。IDDMの人にとってインスリン以上に必要なのは、自分が「孤立した存在」ではなく、これまでと全く同じように「社会的な存在」であると気が付くことではないでしょうか。独りでやっていくためにこそ、多くの人とのコミュニケーションが必要になる。メーリングリストでの交流を通じて、私は参加者の皆さんにそのことを教えてもらったように思います。



 トップページ / 各種情報のご案内 / “アンケート結果 ”について