Vol.4

10 Feb 1997


IDDMだったら何でも同じ?



「一緒にできる訳がない」。 小中学生のIDDMの子供たちを対象に活動しているとある患者会の方から、こんな言葉を聞きました。

先日、糖尿病専門医や他のIDDMの患者会代表者との集まりに参加したとき、小中学生を対象にした患者会(いわゆる「つぼみの会」)と高校生以上を対象にした患者会(同「ヤングの会」)の活動を連携させる必要性について話し合う機会がありました。この「つぼみの会」と「ヤングの会」の活動の連携が取れているケースは意外に少なく、全く別々に活動している地域も多いとのことなので、今後その対策をどうするべきかが議題として取り上げられたのです。これは、先に開かれた九州のトップセミナーでもたびたび話題に上っていました。

これに対し、ある患者会の代表者の方から「うちの子供は小学生のときにIDDMになって現在は高校生ですけど、『高校生以上で発症した人と、小さいときに発症した僕たちとではIDDMに対する考え方が全然違うから、一緒には活動できない』と言ってました。だから一緒に活動するのは無理だと思います」との発言があったのです。


...考え方ぐらい違っていて当たり前でしょうが。



こんなことは10秒も考えてみればすぐに判ることです。5才でIDDMになった人と、思春期でIDDMになった人の、IDDMに関する考え方が同じ筈がない。例えその2人が今現在は同い年だとしても、物心が付くか付かないかの時期にIDDMになった場合と、そろそろ将来の進路についての見通しが立つようになってきた場合とで、IDDMに対する考え方が同じだとしたら、その方がよほどどうかしています。患者会に対して求めるものも違っていて当然です。

それなのに、「考え方が違うから一緒には活動できない」なんて、それこそものの見方・考え方があまりにも狭量に過ぎます。こんなことでは、つぼみの会とヤングの会の活動の連携を取るどころか、お互いに理解し合うことすらアヤシくなってきます。

私自身も含め、一般にIDDMの人は、他のIDDMの人に対して「あなたは私と同じIDDMなんだから、境遇や考え方も全部一緒でしょ」と思ってしまいがちです。そこまでひどくはないにしても、無自覚に自分と相手を同一視してしまうケースはかなり多いように思われます。IDDMの人数自体が少ないので、「私と同じ仲間」を求めようとするのはある程度仕方のないことだとは思いますが、やはりそれにも限度ってのものがありますよね。

今の我々に必要なのは、先ず「同じIDDMでも考え方が違っている」ことを前提にした上で、「お互いに共通する部分で積極的に協力・交流していく」姿勢ではないでしょうか。

同じIDDMであっても、IDDMに対する考え方は一人ひとり確実に違います。例え現在の年齢が同じであっても、発症年齢はもちろんのこと、性別や性格、技能、家族構成、友人、趣味、学歴、職歴などなど、ありとあらゆる属性が異なります。逆に考えれば、単に「IDDMである」ことが同じであるに過ぎません。事実はそれ以上でもそれ以下でもないのです。ですからIDDMの人同志で何かをしようとする場合、先ず最初に「同じIDDMであっても、お互いに立場や考え方が違う」ことを十分に認識した上で始める必要があるでしょう。

就職してからIDDMになった人が、小学生の時にIDDMになった人から学ぶことは多いです。大学受験の時にIDDMになった人が、IDDMの中学生に教えてあげられることもたくさんあります。特に患者会や有志で何らかの活動する人はそれなりの時間とコストを懸ける訳ですから、「オイシイとこ取り」するためにも、それぞれが違う部分と共通する分をしっかり頭に入れてコミュニケーションを図りましょう。そうすれば、お互いにきっと得るものも大きい筈です。


文責:能勢 謙介 



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