9月22日(日) 8:30〜
講演「DCCT研究と大血管合併症」
福岡赤十字病院 筒信隆 先生

先に紹介した仲村先生の講演でも話題に上っていましたが、DCCTはIDDMの治療を進めていく上で欠かすことのできない研究成果のひとつです。この講演では、今までとは少し違う角度から見たDCCTの結果について筒先生からお話を伺いました。



先ず、健常者とIDDMのインシュリン分泌と血糖値の値を比較すると、健常者では多量の糖分を取り入れても血糖は殆ど変化せず、その一方でインシュリンは平常の2倍以上分泌していることが判ります。血糖値は平常時で80mg/dl前後、食後でも140〜150mg/dl以下にしかなりません。そしてそのように血糖値を維持するために、血中のインシュリン濃度は2倍以上変動しているのです。

糖尿病の合併症には、急性のものとしてケトアシドーシスや、高浸透性非ケトン性昏睡などが、慢性のものとして血管合併症や細小血管障害(網膜症・腎症)などがあります。

1984年までのデータを元にした国際的な調査で、18才未満発症のIDDMの生存率を調べたものがあります。それによると、日本、イスラエル、米国、フィンランドなどで比較した場合、発症してから15年後の累積生存率が著しく悪いことが判ります。例えばイスラエルを1とすると、日本は8.7にもなってしまっていたのです。

最近でこそ状況は随分と改善されてきてはいますが、日本の体制はまだまだ欧米には劣ります。急性の合併症で死ぬ人は確実に減っているのですが、心臓や腎臓、脳血管障害による死亡が増えています。

さて、糖尿病の治療を考えるとき、NIDDMでは基礎分泌も追加分泌もありますが、IDDMにはそれらが全くない事を理解しておく必要があります。いわゆる「強化インシュリン療法」は、生体が本来持っているこれらの機能を代替的に行うものです。

それでは、単純に「血糖値を下げると合併症は減る」のでしょうか?その結論はすでに出ています。「場合によっては進行することもあるが、その後安定する」のです。そしてこの結論を出すためのデータを提供した研究がDCCT(Diabetes Contorol and Complications Trial)です。

これまでIDDMに関する研究は、その研究機関が短くしかも被験者の条件が揃っていないことが問題でした。DCCTはこれらの反省の上に立ち、1987年から1441人の糖尿病患者を対象にして行われた実証的な研究です。実験は、まだ合併症が出ていない人を無作為に選別し従来療法群と強化療法群の2群に分けてコントロールの効果をみる一次予防グループと、既に合併症が出ている人を無作為に選別し従来療法群と強化療法群の2群に分けてコントロールの効果をみる二次予防グループの、2×2の合計4群で行われました。

このとき、強化療法群の目標値は以下の通りです。

 空腹時  70〜120mg/dl
 食後   180mg/dl
 午前3時 65mg/dl以上
 HbA1c  6.05%以下

そして、実際に達成されたHbA1cの値は次のようになりました。

 従来療法群 9%
 強化療法群 7.5%

この実験の結果、次のようなことが明らかになりました。

 一次予防グループ:網膜症の発症を遅らせることができる。
 二次予防グループ:強化療法は網膜症の進行を遅らせるが、
          最初の2年間は網膜症を悪化させる場合がある

それ以外にも、微量アルブミン量や神経障害の発生も低く抑られることが判ったのです。しかし、主な大血管障害については全体でみると僅かしか改善されておらず、大きな血管の障害は血糖値のコントロールでは改善されないことが判りました。

また、血糖値を正常に近づけようとすればするほど低血糖は頻発することになります。重篤な低血糖はHbA1cの値とほぼ直線的に相関し、強化療法群は従来療法群のそれの3倍に達したのです。

網膜症の進行率については、HbA1cの値が低ければ低いほど進行が遅らせることができることが明らかになりましたが、残念なことに、「この値より低ければ絶対に網膜症にならない、網膜症が進行しない」と断定できる閾値は存在しないことも判ったのです。

さらに、強化療法群と従来療法群のHbA1cの分布状況をみると、両者でかなり重なる部分があり、必ずしも治療方法が即良好なコントロールに結び付く訳ではありません。ただし、糖尿病が他の慢性疾患と決定的に違うのは、自分の病気に対する態度によってコントロールが可能である点です。

強化療法行う時の注意点としては、自己管理の出来ない人には出来ない点、2才以下の幼児にも適用してはならない点、2才〜7才の間はより慎重に行わなければならない点、思春期以前はそれほど厳格なコントロールが必要がない(であろう)点などが挙げられます。

また最近では、DMの冠状動脈疾患が増加しており、タバコ、コレステロール、高脂血症などの危険因子が増えると、さらに悪化することが判っています。


まとめ:

  1. 糖尿病は血糖を低く保つと、合併症の発現と進行を遅らせることができる。
  2. 強化療法によって血糖を低く保った結果、重篤な低血糖が増えることになるので、自己管理が更に重要になってくる。
  3. 今後は細小血管合併症だけでなく、動脈硬化性合併症にも注意しなければならない。
  4. 自分で自分の将来を変えることができる点で、他の病気と違う。


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