基調講演「IDDM治療の基本理念について」
福岡赤十字病院 仲村 吉弘 先生

仲村先生は福岡で1969年からサマーキャンプを企画・運営され、IDDMの人だけのみならず、IDDMの医療に関わる全ての人にとって指導的な立場に立って活躍しておられる先生です。

 このセミナーでは「IDDMの自立」がテーマとなっていますが、仲村先生は、IDDMの人自身が糖尿病のことをどのように理解しているか非常に興味があるとのことでした。糖尿病の理解のあり方によって合併症の現れ方も異なってくる。それが先生が興味を持たれている理由です。しかしそれ以上に、子供のキャンプの指導を担当するうちに成長して大人となったIDDMの人ととも付き合う機会が増えてきた仲村先生の、糖尿病に携わる医師としての使命感がそうさせるのでしょう。以下、講演の要約です。



 1921年にインシュリンが発見されると糖尿病の問題はすぐに解決されると思われていました。ところが現実にはインシュリンを使って10年も治療を続けると合併症が出てくるようになってきたのです。現在ではさまざまな医薬品や療法によって健康な状態を長期にわたって維持することもできるようになってきましたが、やはりこれらの合併症を完全に防ぐことはできません。しかし少しでもこの合併症を抑えるためには、正しい知識の習得とそれを実際場面で実行することが必要になってきます。効果的な治療方法を知識として知っていても、それを実際に実行しなければ何の役にも立ちません。このことをしっかりと頭に入れておくべきでしょう。

 そして、その「正しい知識」を得るために米国で行われた大規模な実験調査研究がDCCT(Diabetes Contorol and Complications Trial)です。このDCCTは、1987年から1441人の糖尿病患者を対象にして行われた非常に実証的な研究で、DMの人を従来療法群(3カ月に1回通院、1日1回もしくは2回注射 自己測定は1日1回)と強化療法群(4週間に1回通院、1日4回測定、1週間に1回電話で報告と質問の義務。週に1回は夜中の3時に血糖値を測る)に分けて、合併症の現れ方を調べたものです。その結果、「血糖値を正常化すれば合併症は防げる」ことが確認されました。

 具体的には、HbA1cを6.5%以下にすることを目標とし、実際には従来療法群で9%、強化療法群で7.5%の平均値となりました。このとき強化療法群は従来療法群に比べて合併症が50%〜70%改善していたのです。それ以外にも、誰が応対しても同じ応対ができるようスタッフの知識を標準化することによって、手間を懸ければ糖尿病だけでなくそれを取り巻く環境も改善されることが判ったのです。この研究は当初10年間継続される予定でしたが、18億ドルもの費用が懸かったため、最終的に6年半で打ち切りとなりました。

 IDDMの将来を見据えた治療ができるよう、こうした研究が行われた訳ですが、そのような視点からみた場合に、IDDMは小児科と内科のどちらで看てもらうべきかとの問題があります。これは、内科にすべきでしょう。なぜなら、小児科ならば子供の間だけの関係になってしまいますが、内科ならばその人が成人した後もずっとその人と関わっていくことになるからです。

 また、サマーキャンプでは子供を一個の人格として対等な立場で対処しなくてはなりません。そうでないと子供の考えていることがなかなか理解できないからです。

 そうして付き合ってきた子供がキャンプを巣立ち、成人を迎え、連絡が途絶えてしまうことはままありますが、最近そうした音信不通の患者からある日突然「結婚しました」と手紙が来ることがあります。そうした手紙をもらうと、医者としてはとても嬉しいものです。ただ、その時のフォローも大事で、「あ、そう」で済ませてしまうのではなく、妊娠や出産のことについて正確な知識を持っておいてもらう必要があります。コントロールが不安定なまま妊娠すると胎児に畸形が出る確率が高くなるので、結婚する前に必ず「計画妊娠」の話をしておいて欲しいものです。

 さて、ここで再び「IDDMの自立」についてですが、自立とは経済的・精神的に自分独りでやっていけるようになることです。それは他人から与えられるものではなく、自分で努力して手に入れるものであることを十分意識しておかねばなりません。そのためにも二次予防(IDDMが発症してから後の段階で、合併症を予防すること)は非常に重要であり、普段から正しい知識を収集する努力を怠らないことが大切です。そして自分が必要としている情報を得るため、あるいは医師が自分の質問に応えようとしてくれない場合には、思い切って医療機関を替える勇気も必要であることを忘れないで下さい。結局のところ、自分を守るのは自分しかいないのです。皆さんも現在自分が置かれている状況をシビアに見つめ、必要ならば判断の結果を実際に行動に移すことによって障害を乗り越え、IDDMの自立を確立していって下さい。

講演の内容に対する質問

DCCTの内容について

Q:強化療法を実行した場合の日常生活(QOL:Quolity Of Life)
  の満足度はどの程度ですか?

A:それについて分析をした論文はまだ発表されていませんが、現在
  調査中と思われます。なお、2才以下の子供には強化療法を行っ
  てはならないことと、強化療法群には殆ど脱落者がいなかったこ
  とを付け加えておきます。



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