いま、ひとつの歴史学習用ソフトが、教育現場のみならず、各方面で高い評価を得ている。数多くの文化財や伝統芸能など、貴重な資料を盛り込んだこのソフトを開発したのは、株式会社アクト。下請けのプレス加工工場からの鮮やかな転進に成功した秘密を秋田社長に語っていただいた。
(PHPゼミナール・リーダーコースより)
当社は、産業用自動化機器の開発・製造を行っていた秋田製作所から1988年に独立し、ソフト開発を専門に行っています。1994年から、文部省の委託事業として、歴史学習用ソフトの開発に取り組みました。会社のある京都から発信するにふさわしい内容にしようと、多くの方にご協力をいただいて完成しました。このようなソフトが出来上がったのも、「縁に恵まれた」ことが一番の要因であったと思っています。
学習用ソフトの開発に取り組む
ソフト開発を始めたきっかけは、一つの偶然からでした。
バブルの崩壊後、受注額が8割も減少した時期がありました。企業にとっては危機的状態でしたが、仕事がないときこそ、これまで忙しくてできなかった勉強をしようと考え、専門分野の技術の習得に力を注いでいました。
そんな時、ある社員がたまたまコンピュータ雑誌に掲載されていた、文部省の教育ソフトのコンペの記事を見つけてきたのです。おりしも京都は遷都1200年で沸き返っていましたので、京都を主題にした歴史用ソフトを作ろうと思いつきました。それから一週間で企画を練って応募したところ、見事に当選。文部省の委託を受けてソフトの開発に取り組むことになったのです。 開発に当たっては、教育ソフトであることから、まず正確さを重視しました。スタッフの熱意が伝わったのか、裏千家(茶道)や池坊(生花)、金剛流(能)の家元などからも、協力を得ることができました。たとえば、池坊さんは、六角堂の中で、花伝書に基づき、できるだけ当時の素材に近いものを使って「公家」という生き方を再現してくださいました。
これだけこだわって制作をしていると、費用のほうもだんだんと膨らんできます。国宝級の茶器や掛け軸となると、写真を借りるだけでも多額の費用がかかります。そこで、私は、子供たちに本物の文化を紹介したい、という思いを各方面に説いて回りました。そして、多くの人たちとのご縁が出来、ご協力をいただくことによって、このソフトは出来上がったわけです。
私たちが取り上げたのは、日本文化が花開いた室町時代です。このソフト開発を通して、京都には文化的に貴重なものが多く、京都の文化=日本の文化であると、実感させられた次第です。
多くの人と巡りあって
私は、当社のような小さな規模の会社では本来持ち得ないような人脈を持っています。
そのきっかけは、松浦機械製作所の松浦正則社長(当時副社長)との出会いからでした。
1983年、企業の生き残りをかけて、下請け体質の脱皮を図ろうと懸命でした。ちょうどそのころ、当時日本で付加価値ナンバーワンの会社の経営に携わっておられた松浦社長の話を聞くことができたのです。
「小中企業の生き残りは、とにかく電気・電子の設計技術を身につけよ」。この言葉に感動した私は、一心不乱に電気・電子の設計技術の取得に励みました。そして、コントローラの製作に成功し、設計もできるようになりました。雑誌に載っている機械設計の図面を見ながら部品を作り、自前のコントローラーで動かしていくうちに、この技術を仕事に活かしたくなってきたのです。そして、ある自動車メーカーの耐久試験機の受注に成功し、設計、加工、組み立てまでを一貫して引き受けることができたのです。これが大きな自信となりました。
この時、松浦社長にこれまでの経緯の説明と相談をかねて手紙を書きました。ここから松浦社長とのご縁ができ、今日の人脈へと広がり、大きな財産をなっているわけです。
人脈作りの秘訣を一つあげればわからないことがあったら、素直な心で教えを請うことだと思います。
リーダーの資質が問われる時代
当社の経営理念は、
相互信頼のもと、アクティブに考え行動し、
- 何事にもチャレンジし
- 企業の社会的責任を全うし
- われわれの夢を実現しよう
です。
これまでの歩みは、言葉で言うほど順行だったわけではありません。経営が苦しいときには素直に本音を話して、社員に理解と協力を求めてきました。経営者が嘘をついていたのでは、これまで努力して磨いてきた技術が無になってしまうでしょう。
また、会社の体力を正確に見ることも大切です。今できることは何か。できないものは、いつであればできるのか―――これを見極めるためには、5年先、10年先といったビジョンを明確にしておくことが必要です。もし、そうでなければ、今のうちに潰したほうがいいのです。
この構造変化の激しい時代に、思いきった決断をするためには、従来以上にリーダーの資質が問われるでしょう。どんな苦労であっても、へこたれることなく、常にプラスの方向に捕らえながら、うまくコントロールできる人が求められているのです。また、会社の評価にしても、社会の目、地域の目、従業員の家族の目などさまざまな見方があります。会社の中から会社を見るのではなく、ときには、第三者的な見方も必要ではないでしょうか。
これからのリーダは、仕事だけではなく、見識を持って物事に対処できる力を備えていることが大切です。それがまた、部下の共鳴を呼ぶのです。