環日本海交流促進助成研究(平成7年度)要旨
「中国・巴丹吉林沙漠のブーミングサンドの発音特性の研究」
三輪 茂雄(同志社大学工学部 教授)


[1.] まえがき
  沙漠のブーミングサンドは特殊な気象および地質学的条件下で生成され、風や人力などによ
って引き起こされる砂の表面流(avalanche) により、非常に大きい音を発することで、古くか
ら知られてきた。海浜の鳴き砂とならんで環境汚染に敏感でありその存在自体に価値あるもの
とされている。しかし中国やアメリカの多くのブーミング砂丘は本来の発音特性を著しく低下
させている。殊に中国・敦煌の鳴沙山は観光客の立ち入りにより完全に発音特性を失い、漢代
以来の伝統の行事が不可能になっている。その復活を計るためには鳴沙本来の発音特性を科学
的に把握しなければならない。1995年8月に中国科学院蘭州沙漠研究所と京都府網野町との共
同研究グループによって、巴丹吉林沙漠 (バダインジャラン) で3つのブーミング砂丘の調査
を行った。その地は未開放地区で立入禁止であったため、自然環境が無傷に保たれて来た。こ
こで本来のブーミング特性を保持している多数の砂丘が発見されたので、その状況を報告する。

[2.] 位置
  巴丹吉林沙漠は蘭州-武威-金昌を通るシルクロードのメインコースから200km以上離れた位
置にある東西250km南北200kmの沙漠である。未開放地区で人の立ち入りが制約され、僅か
30家族の遊牧民と駱駝が生活するのみで沙漠への道路はなく、遊牧民の案内と駱駝なしでは行
けない場所であった。
  調査した場所はFig.1に示すように、宿泊地雅布頼鎮 (Yabrai-yanchang) から40kmほどの
位置にあるボジトレガノール(Bojitoleganor)地区で、Fig.2に示す3つの地点でブーミングテス
トを行った。各地点の位置は下記の通りで、いずれも局地風の風上面側でのみ発音が確認され
た。

  第1地点
    海抜1340東経102゜29′27″北緯39°36′20″
  第2地点
    海抜1315東経102°28′18″北緯39°36′09″
  第3地点
    海抜1385東経102°30′43″北緯39°30′40″

  調査途中突然発生した雷と雨をともなう砂嵐に遭ったが、その際の砂上頂上付近の砂の運動
状態から、この砂丘形成の様、とくに砂の風簸による大規模な分級の状態を見ることができた。
ここでは卓越風の方向は砂丘の位置によって異なっている。沙漠研究所員によればブーミング
は風上側に限られる。可動状態にない砂面には草が繁っており、砂丘の砂面の角度が30°以下
の場所では発音特性を示さず31〜32°の場合には発音する。
  沙漠研究所の予備調査によれば、巴丹吉林沙漠全域にわたってブーミングサンドが存在し、
とくに湖が多数散在するスムジン (Sumujilin) 地区(Fig.1)にはさらに高性能のブーミングサ
ンドが存在するというが、今回の共同調査では隊員の準備が十分でなかったので、あと20キロ
ほどの距離だが、96年度の調査にゆずることにした。

[3.] 発音特性
  約10人が約50mの高さまで傾斜の緩い稜を選んでのぼり、そこから急な斜面を滑る、いわゆ
る中国流の鳴沙活動を行った。
  上記3地点はいずれも小さい湖に面していた。滑りはじめて数秒後、安定した砂の表面流が発
達する頃から60〜65dBのブーミングが発生し、安息角をなす31°の約100mの直線斜面を完全に
滑り降りるまで、ブーミングが継続した。録音した音の解析結果はFig.3  と4に示すが、波形
は規則的で、周波数は約100Hzであった。表面流では砂粒子の跳躍ないし流動化が観察された。
途中で活動を休止しても、しばらく表面流動が継続し、音量も低下しないから録音は連続音に
なった。なお持参したVTR付属の録音は再生音が著しく低かった。これはマイク自体の特性によ
るものである。第2地点がもっとも大きく安定な発生音を示し、種々の文献にあるように唸り音
は大型プロペラ式飛行機の編隊飛行の爆音に似て、その音は数Kmでも十分聞き取れると思われ
た。
  その夜は第1地点で宿営したが、午後8時〜10時ころ、強い風によって誘発される自鳴音を何
度も聞いた。しかしその場所は特定できなかった。現地モンゴル人によれば、自鳴は日常的現
象であり別に珍しいことではないという。文献によれば自鳴は年間に1回というような極めて稀
な現象とあったが、ここではそうではないことが注目される。

[4.] 粒度分布特性
  現地で車で疾走する際、車輪後方に砂塵発生が全くなかった。これは砂が風により十分洗浄
されていることによるが、Fig.5の光学顕微鏡写真も粒子面が輝いていることを示している。表
1にふるいによる粒度分布測定データを示す。他の2つの中国のブーミングサンドの値を参考の
ため付記した。125μm以下の含量が著しく少ないことからも、この砂がいかによく風簸されて
いるかを示している。この程度の揃った粒度を工業的に生産するには、かなりの設備を要する
事実からも、自然の風簸精度は驚くべきものがあるといえよう。敦煌の鳴砂山の砂は中国科学
院採取のブーミング特性を残す砂であったが、その表面が輝き、かつ発音特性を示すためには、
数百時間の洗浄が必要だったことからも、この沙漠での空気による洗浄作用の程度が推測でき
る。

[5.] むすび
  この沙漠の全域で、無数のブーミング砂丘発見の可能性があり、かつ日常的にその自鳴を聞
くことができそうである。このきわめて稀な事実は環境のモデルとして永久に保存されるべき
である。われわれは、世界の自然遺産としてこの地域を永久に保存することを沙漠研究所に提
案した。1996年8月北京で開催の世界地質環境会議でも報告される予定である。沙漠のブーミン
グサンドと海浜のシンキングサンドは存在条件が相違するが、全く類似の物理的、科学的特性
を有している。もし、放置されるならば、同じく環境汚染を受ける危険に直面している。しか
しバダインジャラン沙漠は大気または雨の汚染によるわずかな汚染源があるのみであるから、
もし人の立入りがなくこのまま維持されれば、現在も本来の発音特性を有し、自己回復能力に
より保存できる条件にあることを確認した。これを放置すれば忘れ去られ、いずれ人間の立入
により発音特性を失う恐れがあり、この地を環境汚染が少ない希有の環境モデルとして保存し
つつ研究や観光などにも解放するための方策を提案した。