柳馬場通

平安時代は万里小路と呼ばれていた。天正17(1589)年、現在の二条柳馬場付近に京都最大の遊郭が作られ、そこに美しい柳並木が整備された。また、慶長9(1604)年の秀吉7回忌の豊国祭臨時祭礼のときに、この辺りで壮麗な馬揃えが披露された。柳並木の「柳」と、馬揃えの「馬場」が合わさって、「柳馬場」という名称になったという。「柳院」と謳われた遊郭は、徳川家康の二条城築城にともなって六条に移転されたが、いまも残される通 り名にかつての華やぎをしのぶことができる。